あのころの上司

会社員3人

その1 ロマンスグレイ

わたしが会社に入ったころは、良くも悪くもいろいろなことが緩かった。
そんな時代に影響を受けたのかどうかはわからないが、上司もなかなかに個性的な人が多かった。
今回はそんな上司の話。

えらくおしゃれな上司がいた。会社では、所属部署にかかわらず上着だけは作業服を着て仕事をしている人が多かったが、その上司はいつも三つ揃いのスーツを身に着けていた。
素人目にも上質のスーツだとわかるものだ。

下に着ているYシャツもオーダーしたもののようだ。オーダーシャツには腕に名前が刺繍されていると、その上司の着ているシャツを見て初めて知った。

俳優ばりに顔立ちも整っている人で、若い頃はさぞやモテたことだろうと思わせる人だった。
ロマンスグレイのグレイというのは髪の色のことだと聞いたが、その人もきれいなグレイの髪をしていた。
一言でいうなら『ダンディでおしゃれなおじさま』だ。

その上司がよく行く、わりとカジュアルな飲食店があったらしいが、その店を女子高生が訪ねてきて「今日はあのロマンスグレイのおじさまは来ているんですか」と聞いていくという。
女子高生まで振り向かせるロマンスグレイの魅力、ものすごいな。

かなりゴルフの腕前がいい人でもあった。当時、ゴルフはお金のかかる趣味だった。(今はどうかわからないが、その頃はゴルフ会員権がやたら高かった)

いくら役職が高いとはいえ、この会社の給料でそこまで服だのゴルフだのにお金をつぎこめるものだろうかと不思議だったのだが。
なんでも夫婦ともに高年収の(職種的に奥様がより高収入の)パワーカップルで、その上司は自分の給料の大半を小遣いとして使っていたとか。あくまでも噂だが。

退職後は生徒を抱えて、ゴルフを指導する仕事をしていたようだ。ゴルフに関する本も出版していた。

という話を後になって後輩社員にすることがあったが、聞いている彼らは揃って同じような表情になっていたものだ。
まあキミも頑張れ。

その2 一人称はなんですか

初めて知った上司の一人称


その上司も作業服を着ているところはほとんど見たことはない。上着だけは作業服を着て仕事をしている社員が多かったが、その上司はいつも三つ揃いのスーツを着ていた。
ロマンスグレイの上司と同じだ。かなりこだわりが強い人であることがこれだけでもわかる。

細身の人で、やや神経質な印象はあるものの、知的な、メガネの似合う人だった。
所属部署や仕事をするフロアが違うので、わたしはあまりその上司と関わることはなかった。
廊下で会えば挨拶をする、仕事の書類を持っていって渡す、くらいだ。
役職が天地ほども違う他部署の上司なのでさほど関わりようはない。

たまたま用事があって、その上司がいるフロアに顔を出したときだ。
わたしが仕事をしているフロアは、賑やかで常に人の声がしているようなところだったが、そのフロアはいつもしんと静かだった。
話し声がフロアじゅうに響きそうだ。うっかりおしゃべりもできないよ。

用事が済んでフロアを出ようとしたところで、その上司が電話で話している声が聞こえてきた。
フロアが静かなものだから、その話し声はわたしのところまでよく届いた。
どこかの取引先と話しているようだった。少々込み入った話になっているよう。

いつもは話し声も落ち着いている上司だが、普段よりもやや声が高い。
相手になにかを言い募っているよう。
「だからですね、我輩が思うところはですね。いやいや、我輩としてはですね」

わがはい? 我輩っていいました?
どうやら上司の一人称は『我輩』だったようだ。初めて知った。
『我輩』という一人称をリアルで聞いたのはデーモン閣下以外ではそのときが初めてだ。というか『我輩』という一人称を閣下と猫以外でも使うんだね。

そうか、我輩か。いやでも違和感はないよね、うん。
わたしはそっとフロアを後にした。

その3 東京土産はなんですか

え、これ、普通ですか?

同じフロアで仕事をしている上司だった。話し好きで気さくな上司で、腹がだいぶ出ている。印象としては信楽焼のたぬきに近い。
椅子に座って仕事をしていると、椅子の背中を腹でぽんぽん押してくるのが困りものだったが、妙ないやらしさがないだけに、憎めない上司だった。(セクハラという概念がかけらもない時代でもあった)

その上司が出張で東京へ行くことになり、数日後に戻ってきた。
わたしがいた部署は、わたしともうひとり女性の先輩がいたのだが、その上司が「出張のお土産」とわたしに箱を手渡した。
「わあ、ありがとうございます」とお礼を言ってわたしは箱を受け取った。わざわざお土産を買ってきてくれるなんて優しいな。
お土産ってなんだろう。やはり定番は『東京○な菜』だろうか。あれは美味しい。

だがしかし、手渡された箱はお菓子にしてはやけに小さくて、細長い箱がふたつ。
もうひとりの女性と分けて、と上司に言われ、あ、はい、とわたしはうなずいた。

この箱のサイズだと、ボールペンとか、お箸とか?
東京のお土産がお箸?
いぶかしく思いながら箱を開けた。そして、固まった。

それぞれの箱にネックレスが入っていた。
ひとつは一粒パールのネックレス。そしてもうひとつは一粒ルビーのネックレスだ。

これ出張のお土産だよね?
東京出張のお土産がネックレス?
上司からお土産だって渡されたのネックレスですよ、と驚いて先輩に報告するも、そうだね、といたって普通の返事が返ってくる。

え、普通? これ、普通?

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