あんちゃんよ、ここは電車の中である

ちゃぶ台返し猫

それは駅のホームでのこと

電車通勤も長くしていると、時に個性的なおかたと会うことがある。
その日も1日の仕事を終えて、わたしは駅のホームで電車を待っていた。

少し早くホームについたので、列の一番前にいた。
電車が到着したので、降りる人のために扉の脇にどく。
ひととおり人が降りたところで、さて乗るか、と足を1歩踏み出したら、横からぐいとなにかが割りこんできた。

なにかじゃないわ。あんちゃんだわ。
推定年齢30歳ほどか。どう見ても会社員には見えない。健康的とはいえない肌の色をしている。鮮やかな色のTシャツ。そろそろ夕方は冷える季節になったというのに穿いているのはハーフパンツ。
髪はお約束のように金に近い茶髪をしている。

ヘタれなわたしは関わり合いになりたくないたぐいのキャラだ。
体を押されて割りこまれたが、文句は言わなかった。
わたしは自分の身がかわいい。

あんちゃんは一旦電車の中に入ったかと思ったら、またそのあたりの人を押しのけてホームに戻り、かと思えばまた電車の中に入りと、何度か行きつ戻りつした。
あんちゃん、上りと下りの線路が数本しかないのに、自分がどこ行きに乗ったのかわからないのかい? ちなみに下りだ。
数度行きつ戻りつした結果、ようやくあんちゃんは電車内に落ち着いた。

車内であんちゃんは

変わった人は観察しないと

地方とはいえ通勤時間帯の車内に座席の空きはない。あんちゃんもわたしも立っていたのだが、わたしは1メートルと少しだけあんちゃんから距離を取った。

露骨にあんちゃんから距離を取らなかったのはあんちゃんの行動に興味があったからだということは否定しない。
ネタが欲し、いやいや、変わった人はチェックしておかないと。これも人間観察だよね。

あんちゃんは扉近くのつり革を掴んでゆらゆらと揺れていた。
わたしは定位置にしている扉前で、開いた本を眺めつつ時々あんちゃんをチラ見していた。

電車が走りだして数分もしないうちに、あんちゃんはごそごそと自分のカバンを探り出した。
取り出したのはメンズ用とおぼしき香水の瓶だ。いやもしかしたらトワレかもしれない。このあたりの違いはよくわからない。
それにしてもやけにでかい瓶だ。わたしが手にしているハードカバーの単行本と同じくらいの大きさがある。それ、持ち歩くサイズじゃないよね。

というか、なぜ今それを取り出す?
まさか、と思っているうちにあんちゃんは体に香水を振りまく気配。

わたしはあんちゃんからもっと距離を取ろうと数歩離れた。
あんちゃんが自分の胸元あたりに香水を振りかけようとしたまさにそのとき電車が揺れて、おっとっと、とあんちゃんがよろめいた。わたしが立っている方向に。

強烈な香りに包まれる

強烈な香りが襲うよ

結果、よろめいたはずみもあったらしい、あんちゃんが力強くプッシュした香水は、あんちゃんに半分、わたしに半分振りかかった。
それはもうお見事に、肌にかかった香水の冷たさがわかるくらいに。

あんちゃんは香水を振りかけたわたしに気づくこともなく、カバンにでかい瓶をしまいこんだ。
きつい香りが得意ではなく、自分でもめったに香水のたぐいは使わないのに、なぜいまわたしはメンズ香水の香りに包まれているのか。
それもほのかに香る、などというかわいらしいものではない。実に暴力的に強烈な香り。

あの瓶、割ってもいいかな?
ぐ、と拳を握りしめたが、その拳を振り上げる勇気はないし、先の予想がつかないほど無謀でもない。

かくして、わたしはあんちゃんを横目でこっそりと睨みながら、自宅の最寄り駅で降りた。
最寄り駅は人の乗り降りがわりと多い駅なので座席が空いたらしく、あんちゃんが空いたスペースにどかりと座るのが見え、ムダに足を広げて座るさまに、さらにイラッとした。
そしてわたしは残り香というには強烈なあんちゃんの香りを身にまとったまま家路についた。

自宅に到着しても香りが薄れることはまったくなく、部屋の中にそれは広がっていった。
部屋中を侵食した香りはファ○リーズが退治してくれた。
ありがとう、ファ○リーズ。

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