
あれはわたしが小学生の頃

あの出来事は忘れない
あなたは車に当て逃げされたことはありますか。
わたしはあります。
あれはわたしが小学校の高学年のときでした。
家から自転車に乗って出かけたんです。どこへ行こうと思ったのかは覚えていません。
家のそばの道路はけっこう狭いんですよね。なんとか車がすれ違えるくらいです。
わたしは左の端を自転車に乗って走り始めました。
後ろから車が走ってくるのに気づきました。ので、できるだけ左に寄りました。
なんせ狭い道路ですから、歩道なんてものはありません。
道路の脇にあるのは側溝だけです。
わたしは、車が自分の自転車を追い越すだろうと思っていました。
狭い道路とはいえ、自転車を追い越すのには困りませんから。
後で気づいたのですが、後ろから走ってきていた車は軽トラでした。自宅の近所は漁業をしている家が多かったんですよね。だから軽トラを持っている家も多かったんです。
これも後で気づいたんですが、いや、音が聞こえていたのでそうだろうとは思っていましたが、軽トラは竹をたくさん荷台に載せていました。
漁業で使う竹ですね。竹は長いですから、荷台には載りきれずに、はみ出た何十本もの竹の先が道路を擦ってじゃらじゃらと音を立てていました。
当時はそうしてじゃらじゃらと音を立てて走っている軽トラも多かったんですよ。
側溝に落とされた
さてその軽トラがわたしが乗る自転車の後ろから走ってきたんですけれど、ここからの展開はわたしの予想の斜め上をいきました。
わたしは軽トラがわたしを追い越すと思っていましたから、ゆっくり自転車を走らせていたんです。早く追い越してほしかったですから。
するとですね、軽トラはわたしのすぐ後ろまできて、がくんとスピードを落としたようでした。
スピードを落としてなにをしたかといいますと、わたしの乗る自転車を後ろから押し始めたんです。
びっくりしましたよ。後ろから車で押されたんですからね。自転車をこぐのをやめても軽トラに押されて自転車は進みます。
自分でコントロールできない自転車って恐いですよね。
子どものわたしはパニックを起こしましたよ。最初はなにが起こっているかわかりませんでした。すぐに車に押されていると気づきましたけどね。
軽トラはスピードを上げるでもなく、わたしが横転しないくらいのスピードで、ゆっくりと、でもいつまでもわたしの自転車を押し続けます。
わたしは半泣きでハンドルにしがみつくようにして自転車に乗っていました。
軽トラの運転手が、わたしが乗る自転車を押していたことに気づいていないわけもないですから、あれはわざとだったんでしょうねえ。
なにがしたかったんでしょうね。当時子どもだったわたしにはまったくわかりませんでしたが、幸いなことに大人になったわたしにもわかりません。
車を運転しているときに、前を走る自転車を押したいと思ったことは一度もありませんから。
何メートルくらいそうやって軽トラに押されていたのか。
道路の脇に側溝があるんですけど、軽トラに押され続けてバランスを崩したわたしは、自転車ごと側溝に落ちたんです。
恐かったですねえ。
わたしが側溝に落ちた後は、軽トラはスピードを上げて走り去って行きました。
荷台から下がった何十本もの竹がじゃらじゃらと鳴っていましたよ。
あのときの、走り去って行く車の後ろ姿は今でも忘れません。
母の言葉とわたしの痛み

恐かったし痛かったよ
わたしはなんとか側溝から道路に上がりました。自転車も引き上げました。
自転車ごと側溝に落とされたので、腕にも足にもいたるところに擦り傷ができていました。
泣きながら家に戻ったことを覚えています。
家には母がいまして、さっき家を出たばかりのわたしが傷だらけになって戻ってきたので驚いていましたよ。
泣きながら、ついいましがた起こったことを母に話しました。
そうしたら母が手当てをしながらわたしに聞くんですよ。
軽トラのナンバーは見たのか、と。
見ていない、と言うと怒られましたね。
母なりに憤っていたんでしょうね。ナンバーさえわかれば、運転手(あえて犯人といってもいいですけど)がわかるわけですからね。
でもですよ、言わせてください。
パニックを起こしていた小学生に無茶言わないでよオカーチャン。
大人って汚い、と思うのは子ども時代あるあるのようですけど、あの一件は確実にそのひとつですね。
こうして書いていると、当時の恐さと悔しさが蘇ってきますねえ。
記憶力がいいんでしょうか。けしてわたしが根に持つ性格だからではないですよ、ええ。
とりあえず呪いをかけてもいいですかね。奥さんとケンカしたら、自分の歯ブラシで奥さんが排水口を洗っていたという地味なものにしておきます。
エコエコアザラク。