会社の忘年会で大人の缶詰が当たった

その日は忘年会だった

交流のある他部署からの忘年会に呼ばれることがある。
忘年会や歓送迎会は部署ごとで行うことが慣例になっているが、仕事でかかわることが多い部署からは声をかけてもらうことがあるのだ。
ということでその年の年末、その日は他部署との忘年会だった。

若手社員が多いその部署の忘年会はたいそう賑やかだった。
司会役の社員が始まりの挨拶をし、上役が1年の締めと来年の抱負を語る。酒が回るごとに席も乱れ、あちらこちらで小さいグループができて談笑に花が咲く。よく見る飲み会の光景だ。
この手の飲み会ではお約束の飲み放題コースなので、スタッフがひっきりなしに酒を持って出入りしている。

全員にほどよくアルコールが回った頃、若手社員の一人がおもむろに立ち上がった。
「ではここでくじ引きをしたいと思います」
くじ引きとな?
聞けば今回は景品を用意しているという。くじ引きをして当たった人にそれをプレゼントするということらしい。

部屋の隅に置かれていたいくつもの紙袋の正体が謎だったのだがそれか。
ちらりと横目で見れば紙袋の数は10個。参加人数は30人くらいだから当たる確率は30パーセントか。
景品とくれば当たりたいと思うのは人の常だろう。

楽しいくじ引きが始まった

若手社員がくじが入った箱を持って社員の間を回る。わたしが座っているテーブルとは逆の端からだ。ちぇ、そっちから回ったらわたしがくじを引くのはずいぶん後になるじゃないか。まあしかたないか。そっちの席には部長が座っているしね。
つぎつぎと社員がくじを引いていく。さっきまでの騒ぎはどうしたというくらい座が静かだ。
くじ引きが気になるのは年齢に関係のないロマンなのだろう。

社員の中から、当たった、という声が聞こえ始める。なるほど、数字が書かれているくじを引いたら当たりということか。白紙のくじははずれね。
紙袋にも1から10までの数字が書かれている。司会役をしていた社員が、当たったくじと同じ番号が書かれた紙袋を渡している。
当たった社員はその場で紙袋を開けて、他の社員に中身がわかるようにかざしている。
マグカップやらお菓子の詰め合わせやらが入っているようだ。
野郎が選んだとは思えないセレクトのよさ。けっこういいんじゃないんですか。

くじの入った箱がわたしに回ってきた。景品の入った紙袋は残り2つまで減っている。
がさがさとくじをひっかき回して念をこめて選ぶ。勢い余って紙片を2つ取ってしまった。
くじは簡単に折られていただけで、2つともが手の中でくしゃりと歪んでいた。

あ、2つ取った。
げ、中が見える。
うお、片方当たりで片方はずれだ。
一瞬にして3つの思考が灰色の脳細胞を巡った。

わたしは箱を持っていた若手くんにあははと笑った。
「ごめん、2つも取った」
若手くんはわたしが持っていたくじのうち、ひとつを素早く箱の中に落とす。
「取ったの、コレっすね」
わたしの手の中には数字の書かれた紙片が残った。
えー、いいのお?
若手くんに気を遣ってもらい、一抹の申し訳なさを感じつつ、わたしは同じ数字の書かれた紙袋を受け取った。

(後輩の気遣いにより)当たった! そして中身は

誰だ、これを選んだのは

袋は中身でふくらんでいるわりには軽い。なにが出るかな、とうきうきと開けた。
缶詰が入っていた。直径20センチ高さ10センチほどのものだ。
缶詰には派手派手しいイラストが描かれていた。もしや、と見ると『大人の缶詰』『○○○○グッズ』『十八禁』の文字が。(注:大人の良心により伏せ字を使用しています)

誰だ、これを選んだのは。

つーか、どこで買ってきた。
よもや近くに秘宝館でもあったか。
しかし他の社員に当たったのはカップだのタオルだのお菓子だのなのに、なぜこれだけ?

別の若手くんが、実は、と笑いながら説明する。
「ひとつだけネタを仕込んでおこうかなーとか思ったんすよね」
そうか、ネタを仕込んだか。そしてそれをわたしが見事に引き当てたのか。
こういうのは一番縁のない人間に当たると相場は決まっているしな。
しかし、おっかなさには定評のある部長が引き当てていたらどうするつもりだったのか。
忘年会の無礼講パワー半端ないな。チャレンジャーな若手くんたちにカンパイだ。 

しかし手元のこれをどうすべきか。正直中に入っているものが気にはなる。
もしかしたらネタとして役に立つかも。せっかく当たったのだから持って帰るか。
いや待て、大人の缶詰は沖端さんが喜んで持って帰ったらしい、とか噂にでもなったらわたしのなけなしの外聞はどうなる。
それに、中身はエロいグッズですと全力でアピールしている空き缶を、集合住宅のゴミ置き場に資源ゴミの日に出す勇気はわたしにはない。

そして求められるコメント

コ、コメント?

うーむと悩んでいるうちに全員くじを引き終わったらしい。
司会役の社員が言う。
「えー、ではここで景品が当たったかた、順番に前に出てきてください。なにが当たったかと、当たった感想を一言お願いします」

なんかの罰ゲーム?

景品が当たった社員が順に前へ出ていく。マグカップだのタオルだの、それぞれ当たった品を手にしている。
「こういうの欲しかったんです」「家で使いまーす」

こういうのが欲しかった。家で使う。
だめだ、オイラには言えない。

「はい、次のかた」
司会者の顔はわたしに向いた。そのにこやかな顔にちょっとだけムカついたのは仕方のないことだろう。

わたしは勢いよく立ち上がった。
そのときのわたしのトークは、わたしの中にある『墓場まで持ち込み箱』に厳重に封印するとして。
ウケました。ええウケましたとも。どよめいたともいうかもしれない。
わたしの捨て身のノリを後世に受け継ぐがよろしい。
しかし、アルコールと一緒に消し去ってくれてもまたよし。ていうか、お願いそうして。
 
ちなみに『大人の缶詰』は、隣に座っていた新婚の社員に謹んでプレゼントしました。
中身はなんだったんだろう?

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