
父の船の話

船の名前は『徳栄丸』というんだ
昔、漁業をしていた我が家には船があった。
おそらく父の愛情がたっぷりと注がれたその漁船は、父の名前を1文字取って『徳栄丸』と名付けられていた。
海の先がよく見渡せるようにと、徳栄丸には目が描かれていた。
子どもの頃は何度も父の操船で海に出たものだ。
(なのになぜかわたしはひどく船に酔う。子どもの頃から船には乗っているはずなのに、なぜだろう?)
家の近くの船着き場に、いつも徳栄丸の姿はあった。
家にはお金をかけないのに船にはつぎこむ、と母が愚痴を言っていたこともある。
船着き場のそばを通るたびに、わたしは徳栄丸の姿を探していた。
後年、父は海の仕事を辞めて陸揚げされる、じゃなかった、陸に上がることになったが、父が徳栄丸を手放したと知ったときは寂しく思ったものだ。
わたしでさえそうだったのだから父はさぞかしと思ったものだが、根っからの九州男児である父は、娘の前で寂しそうな素振りを見せることはついぞなかった。
いまも実家に帰るときは船着き場のそばを通るし、そばを通るときは並んでいる船を眺めていく。
船着き場はわたしの原風景のひとつだと、並んでいる船を眺めるたびに思う。
それまでのイメージを吹き飛ばす船の姿
なんとなくしんみりした気分になってしまうのが常なのだが、その日見た船はそんな気分を吹っ飛ばした。
実家へ行くためにその日わたしは自転車を漕いでいて、そして船着き場のそばの道を走っていた。
視界の端になにやら不思議なものが映りこんだように思い、わたしは漕いでいた自転車を止めた。
なんとも異彩を放っている船がそこにはあった。
漁船の定番というのは、白、あるいは白を基調としたものに1色のラインが入る、あるいは(喫水線を確認するためか)船体の底部に色が入っているものだと思っていたのだが。
その船は、わたしの漁船に対するイメージを根底から覆した。
遠目だったのでなんの模様かまではわからなかったが、イラストだったのか幾何学的な模様だったのか、とにかくカラフルな色が船を彩っている。
カラフルな模様だかイラストだかは船室の周囲をぐるりと囲んでいるようだ。
車でいうならフロントガラスにあたる部分は、端から端まで黄色いテープが斜めに貼られたような模様。テープは何本も貼られており『KEEP OUT』と黒字で書かれている。
刑事ドラマの事件現場に張られているアレだ。
事件は現場でなく船の中で起こっているらしい。

い、今どきの船の姿?
ああ、キミの名は
わたしの頭の中に、デコトラ、という単語が浮かぶ。イラストやらネオンやらで鮮やかに飾られているあれだ。
痛車、という単語も浮かんできた。アニメのキャラやらアイドルのイラストやらで飾られたあれだ。
とすると、目の前の船は。
わたしの、漁船に対するイメージを色鮮やかにちゃぶ台返しするあの船は。
デコ船? それとも痛船?
あの船の名は、なんというのだろう。