一番の珍客は誰だろう

焦る白猫

1番目の来客は患者

いろんな人が来ました

勤務していた会社が駅にも繁華街にもほど近いところにあったためだろうか、時折会社とはまったく関係のない人が訪問することがあった。
今回は当時わたしが出会った珍客(といっては失礼だろうか。一期一会の変わった来客。うむ、我ながら言葉を選んだ)の話をしよう。

会社のわりと近くに皮膚科(だったかな)の病院があった。評判の良かった病院らしい。
らしい、というのは、わたしが会社に入ったときにはすでに閉院していたからだ。

入社して数年の間は、人はいないまでも建物と看板だけは残っていたが、それも取り壊された。
さてその頃のことだ。

ひとりの女性が会社に入ってきた。会社の玄関を入ってすぐの、カウンターのような窓口に、その女性はそっと自分の保険証を置いた。そして言った。
「お願いします」

いやわかります。病院だった建物はすでにないですしね、他に病院に見えなくもない建物ってこのあたりにはこの会社しかないですもんね。
でもすみません、ここは病院ではないんです。

2番目の来客は忘れ物をした人

かなり年配の婦人だった。会社に年配の婦人が訪問することは珍しい。わたしは不思議に思いつつも「いらっしゃいませ」と笑顔で老婦人に応対する。
老婦人は困ったように言う。
「こちらは西○バスの営業所ですよね」

いいえ、西○とは縁もゆかりもない会社です。
なぜ西○バスの営業所だと思ったのだろうか。大型バスが駐車場に止まっているわけではもちろんない。

老婦人は困った顔のままで続ける。
「バスの中にズロースを忘れてしまったんです。届いてないかと思って伺ったのですけど」
うーむ、リアルでズロースという単語を聞いたのは初めてだ。
しかし老婦人はたいそう困っているよう。

西○駅に行けばなにかわかるだろうか。しかし確信は持てない。うっかりそう説明してしまって老婦人に無駄足を踏ませてしまっては申し訳ない。
悩んだ末にわたしが出した結論は、それが正しいかどうかは自信がなかったが、とりあえず交番へ行ってみよう、だった。
幸い会社から歩いて数分のところに交番があった。

わたしは老婦人を伴って交番まで行き、仕事の途中だったのもあり、交番の前で老婦人と別れた。
あのときの忘れ物は見つかったのだろうか。

3番目の来客は目つきが鋭い

スーツを着用した壮年の男性だった。会社に入ったきたときに、一般人じゃないよね、と思った。
やたら目つきの鋭い人だったのだ。恐い、見るからに恐い。

「こういう者です」
目つきの鋭い男性は警察バッジを一瞬出して見せ、すぐ胸ポケットにしまった。
あ、警察の方でしたか。ああ、せっかくだから警察バッジをもっとゆっくり見たかった。

どうでもいいことですが、刑事さんて本当に「こういう者です」って名乗るんですね。
私服刑事らしい男性が言うところによると、

会社からほど近い路上で、前日の夜中に事件があったらしい。それは強盗事件だったようだが、その事件について調べているという。
なんせほど近いところに繁華街があるので、時にはこういうこともある。
わたしの記憶が確かなら、数年に一度のペースで刑事や警官が会社を訪問していた。

あたりまえだが会社に容疑者がいるわけではない。ほとんどは目撃者捜しだ。
そのときもそうだったのだが、あいにく夜中の事件ということで、会社は無人だ。

残念ながら役に立つことはできなかった。あの事件の犯人は見つかったのだろうか。
事件の一報はニュースで見たが、それに続くニュースを見た覚えはない。
うーん、気になる。

4番目の来客は川から

川からやってきたよ

ずいぶん以前のことになるけれど、その頃、雨が多かった。
たしか、何日も降り続いていたと思う。

会社の近くには川が流れている。ひところは汚れの目立つ川だったが、市が川の清浄化に取り組んでいて、だいぶ綺麗になっていた。
清浄化の一環で魚も放されていた。

そんな頃の連日の大雨だ。
川が溢れて、道路まで冠水してしまった。

ふと見ると、会社の玄関前に赤い鯉がいた。
鯉がいる、とわたしは思った。
冠水した道路の上を、川から玄関前まで流されてきたらしい。

鯉が会社を訪問したのは、後にも先にもあのときだけだ。
このままにしておくわけにはいかないと、鯉にはすみやかに川に戻ってもらった。

わたしは思っている。
いつかあの鯉が、わたしを竜宮城に連れて行ってくれるんじゃなかろうかと。

うむ、こう書き連ねてみると、一番の珍客はやはり鯉だね。

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