
かかりつけだった病院の話

それは歯科医院でした
あなたはかかりつけにしていた病院がある日突然閉院したことがあるでしょうか。
わたしはあります。
わたしは当時かなり遠方の歯科医院をかかりつけにしていました。
子どもの頃から歯や歯並びにコンプレックスがあったので、大人になってから一念発起でけっこう大がかりな治療をすることにしたのです。
ネットや本でどこがいいかと探して、見つけたのがSという名前の歯科医院でした。
大きな街にある歯科医院で、その頃は実家に住んでいたのですが、実家からはドアtoドアで2時間くらいかかるところにありました。
その病院は、駅近の大きなビルのフロアの一角を占めていました。
この場所でこのビルでこの広さで、一ヶ月の賃料はいったいいくらだろうと下世話なことを考えたのを覚えています。
設備にもとても力がはいっていました。個室の治療室があったり、パーテーションのようなもので区切られた多人数用の治療室にもそれぞれのスペースにテレビが設置されていたり。
待合室には、院長と有名芸能人が握手している写真が飾られたりしていました。
わりとわかりやすい感じですね。
歯科医師も比較的若い年代の方が多かったです。歯科衛生士も若い女性ばかりでしたね。
そうそう、わたしの担当だった歯科医師は30代くらいの男性でしたが、ワイルド系のイケメンでしたよ。
この年で、仕事は歯科医師で、イケメン。しかも勤務場所はこの大きな街。
モテるだろうなあとか、遊んでいるだろうなあとか、合コンのお持ち帰り率はどのくらいかなあとか、いろいろなことを考えました。
本人に直接聞けなかった自分のヘタれさが悔やまれます。
電気が消えていた
さて、けっこう大がかりな治療もなんとか終わって、その後は定期的なメンテナンスになりました。
だいたい2ヶ月に1回のペースで通っていました。
完全予約制の病院だったので、診察時に次回の診察の日程を決めておくのが常でした。
2ヶ月間期間が空くので、診察の数日前には病院から確認の電話連絡が入ってきます。
予約日だったその日、わたしはいつものように電車と地下鉄を乗り継いで歯科医院に向かいました。
見慣れた大きなビルに入り、歯科医院のあるフロアに向かいます。
ところがその日は様子が違いました。
歯科医院は通路に面したところの多くがガラス張りになっていて、内側の、待合室というかロビーの様子がわかるようになっています。
そのロビーが暗いんです。いつも明るい光が点っているのに、その日は真っ暗で、人の気配も感じられません。
どう見ても診療中には見えませんでした。
あれ、今日は予約日だったよね、と不思議に思いながら、わたしは入り口に向かいました。
歯科医院の入り口には貼り紙がされていました。
弁護士事務所の記名がある貼り紙の内容は、ざっくりいうとこんな感じです。
・この歯科医院は閉院した
・連絡したいときは代理人である弁護士事務所にするように
呆気にとられるとはあのときのわたしの状態をいうのでしょう。
呆気にとられた後にわたしがなにをしたかといいますと、目の前の歯科医院へ電話をかけていました。
人はテンパると合理的ではない行動をとるものなのですね。
当然、真っ暗な歯科医院に電話が繋がることはありません。
そういえば今回は事前の予約確認の電話連絡がなかったな、と思い出しました。いつも連絡があるのに変だなとは思いつつ、そんなこともあるかとさほど気にしていなかったのですが。
なるほど、閉院したから予約確認の電話がなかったのか、とようやく合点がいきました。
閉院したなら閉院しましたくらいの連絡は欲しかったですね。患者への誠意として。
けっこう大きかった閉院のニュース

ネットニュースを探しました
ぼんやり突っ立っていてもしかたがないので、わたしは貼り紙に書かれている弁護士事務所の連絡先をメモして帰ることにしました。
この先歯科医院を変えるにしても、大がかりな治療のカルテは必要です。連絡先として弁護士事務所が指定されている以上、カルテが欲しいなら事務所へ連絡するしかないでしょう。
それくらいの考えはなんとかその場で思いつきました。
自宅に戻ってからネットで検索してみたのですが、歯科医院の閉院はけっこうなニュースになっていました。
わたしはすでに定期的なメンテナンスのみの状態になっていたので、被害額といえば当日の無駄足になった交通費くらいでしたが、患者の中には、現金の前払いで高額な治療費を払っていた人もいたとか。
被害者の会が結成されるほどの騒ぎになっていました。
その後弁護士事務所へ連絡を取って、わたしのカルテを自宅へ郵送してもらうことができました。
幸い知り合いに病院関係に詳しい人がいたので、地元にほどほど近い場所でいい歯科医院を紹介してもらいました。
それが現在のかかりつけの歯科医院です。
現在の歯科医院に通うようになってしばらくした頃、普段の担当とは違う先生に診察をしてもらったことがありました。
その先生に、歯科医院を変えた理由を聞かれたんです。
それまで通っていた歯科医院が閉院したんです、と名前を出したところ、先生が、あああそこか、という顔になりました。
あー、やっぱり歯科業界では有名な件なんだなと、久しぶりに以前のかかりつけの病院を思い出しましたとさ。
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