
映画館の話

あの頃の映画館の話
これはン十年前の話だ。
勤務していた会社は駅にも繁華街にもほど近いところにあった。
その頃、会社のご近所にはいくつかの映画館があった。いまのようなシネマコンプレックスではなく、スクリーンがひとつとか2つとかの小さな映画館だ。
残念ながら後年すべて閉館してしまったが、当時は週末の会社帰りなどに映画を見て帰ることも少なくなかった。
ある日の会社帰りにわたしは気になっていた洋画を見ようと思いたち、映画館へ足を運んだ。封切られてそんなに経っていないと思っていたが、館内にはわたし以外に誰もいない。
え、誰もいないの? とわたしは思った。
確かに小さい映画館ではあったが、まさか他に誰もいないとは。
当時は座席はどこに座ろうとも自由だったので、それならと真ん中あたりのシートに座ることにした。
映画が始まるまえには誰かしらか来るんじゃないかと思ったが、予告が始まっても本編が始まっても誰も入ってこない。結局貸し切りで映画を見たのだが、根っからの庶民なので、ものすごく落ち着かない。
当時のことでフィルム映画なので、映写室で技師の人がフィルムを回していたのだが、技師はわたしのためだけに映画フィルムを回している、と優越に浸ることもできなかった。
というか、その日見た映画はサスペンス映画だったので、ひとりで見ているのがかなり恐い。何度か背後を振り返ってしまったよ。
またもや貸し切り状態に
そんなことがあってからどのくらい経ってからだろうか、わたしはその日も会社帰りに映画を見にいくことにした。
コメディタッチの洋画で、洋画だが、亀の忍者が出てくるというものだ。その頃映画のパンフレットを買うのにハマっていたので、その映画もパンフレットを買った。
たしかこの映画館は以前貸し切りで映画を見たところだな、とは思っていた。
あれを予感というのだろうか。
館内に入ってみると、またもやがらがら。わたし以外に誰もいない。
わたしが見に行ったのはその日の最終上映の回だったのだが、また貸し切りか、とわたしは思った。あまり嬉しくはない。
今日の映画はコメディタッチのものでよかったな、と思った。
前回と同じように真ん中あたりのシートに座る。
映写室で技師がフィルムを回している。わたしと技師とふたりだけの映画鑑賞会だ。
前評判が良かったその映画は、とても面白かった。亀の忍者の大活躍に拍手だ。
サプライズがあったよ

目の前にサプライズが
映画を見終わって館内を出るときに、なんとなく映写室に会釈した。
わたしのために映画を上映してくれてありがとう、と上から目線で思ったからではけしてない。
さて帰ろう、とわたしは駅へ向かった。
電車までまだ時間があったので、駅の待ち合いスペースにあるベンチに座って時間をつぶすことにした。
買ったばかりの亀の忍者映画のパンフレットを開き、ぱらぱらとめくっていく。
ベンチの隣にひとりの男性が座っていることには気づいていた。
新聞を広げていたのでどんな人だったのかはよくわからないが、それなりの年齢の男性だろうことはわかった。
パンフレットを見ていると、隣に座っていたおじさんが、すっとわたしの目の前になにかを差し出した。
一枚の細長い紙のようだった。ちょうど当時の映画のチケットと同じくらいの大きさだ。
え、と目の前に出された紙を見る。
映画の無料招待券だった。ご近所の映画館共通で使えるものだ。
え、と今度は隣に座っているおじさんを見る。
おじさんは新聞で顔を隠したまま、わたしに映画の無料招待券を差し出している。
えーと、もしかして、わたしがさっき貸し切りで見た映画館にいた人ですか?
ひょっとして映写技師さんとか?
こんな偶然ってあるんですね。
「ありがとうございます」
わたしはありがたくチケットを受け取った。
おじさんは最後まで新聞で顔を隠したままだったが、わたしの笑顔とはずんだ声は伝わっただろうか。