郷に入りては郷に従う

女子高生猫

あの頃の話

えーと、何年前の話になるんだっけか

これはわたしが会社に入社したばかりの、新入社員だった頃の話。
ええ、ン十年前の話になりますが、なにか。

新入社員の頃はとにかく覚えることが多かった。仕事はもちろんだが、その前にまず同僚の顔と名前と役職を覚えないといけない。
それと平行して、一緒に覚えないといけないことがあった。

当時は、朝一番の女性社員の仕事は、社内の掃除(本格的な清掃は清掃業者のスタッフがしてくれるので、社員や会議室の机を拭いたりなど)と社員へのお茶出しだ。
湯沸かし室に社員の湯飲みをずらりと並べてお茶を入れていく。湯飲みはひとつずつ大きさも色も模様も異なる。

先輩がわたしに言う。
「この湯飲みは○○課長、こっちの湯飲みは○○係長、これは○○さん。それぞれの湯飲みを覚えてね」
先輩はこともなげに言ってくださるが、わたしは目の前に並んだ数十個の湯飲みを眺めながら呆然とした。
まるで神経衰弱のような光景だ。

目の前に高い壁が

○○課長と言われたところで、まだ顔もよくわからない。わたしは人の顔を覚えるのが人一倍苦手なのだ。
顔と名前を覚えるのでさえひいひい言っているのに、これにさらに湯飲みの種類が加わるのか、と。
目の前に立ちはだかる壁が高かった。

そんなこんなで悪戦苦闘しているうちに、ようやく社員の名前と顔と役職が頭の中に入ってきた。ここまで険しい道のりだったよ。湯飲みだって覚えたよ。沖端頑張った!
わたしは意気揚々と先輩に告げる。

「ようやく社員の顔と名前と役職を覚えました」
先輩は笑顔で、よかったね、と労ってくれ、そして続けた。
「じゃあ次は社員の声を覚えて、その後は文字の癖を覚えないとね」

まじですか。
壁をひとつ越えたと思ったら、次の壁がそびえていたよ!

壁は続くよどこまでも

壁は乗り越えるためにあるのだよ

だがしかし、今回の話はここでは終わらない。
わたしは頑張った。というか、長年勤務しているうちに、自然とあれこれが頭に入ってきた。

いつの間にかわたしが先輩になり、後輩に教えていく立場になった。
お茶は給茶機を使って社員が各自で入れるようになったので、お茶汲みの仕事はほぼなくなった。いい流れになったね!

後輩女子と向かい合って仕事をしていたとき。
2階のフロアから誰かが階段を降りてくる足音が聞こえてきた。
建物の構造の関係で、足音は案外響きやすい。

「○○さんが来るみたいだね」とわたしは後輩女子に言った。
え、と後輩女子が不思議そうな顔をする。
直後にフロアの扉を開けて、○○さんが顔を出した。

「なんで○○さんが来るってわかったんですか」と後輩女子がわたしに聞く。
「え? 足音が聞こえたから」
わたしの返事に、後輩女子は、まじか、という顔をした。
意外と歩き方とか足音って個性があるよね。

ふはは、壁は越えるためにあるのだ。キミも頑張りたまえ。

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