
歯には気を遣っている。なのになぜ
自慢じゃないが、歯にはそれなりに気を遣っているほうだ。
かかりつけの歯科医には定期的に通っている。
ハミガキ粉だってそれなりのお値段だ。歯ブラシも2種類を使い分けている。
フロスだって使っている。ジプシーをした末にたどりついたお気に入りのものだ。
虫歯も歯石もない、はずだ。
ああ、それなのに。
ある日突然左上の奥歯が痛くなった。
水が沁みるのが気になるようになった。
もしやかぶせものが古くなったのか。
いやいやかぶせたのは確か1年とちょっと前くらい。そのときも思い切って保険のきかないけっこういいやつをかぶせてもらったのだ。
こんなに早くダメになるはずがない。
しかし現実問題としてじわじわと歯が痛い。
前回歯科医院にメンテナンスに行ったときに、次回のメンテナンスの予約を入れていた。まだ1ヶ月ほど先のはずだ。
どうしよう、そのときまで待ってみるか。
しかしどんどん歯は痛くなる

歯がどんどん痛くなるよ
が、痛みは治まることも軽くなることもなく、どころか日を追うにつれてどんどん痛みが強くなってくる。
冷たいものだけではなく温かいものまで沁みるようになり、固いものを噛むと痛むようになり、ご飯を噛んでも痛くなるようになり、歯がうずいて眠れなくなるまであっという間だった。
歯痛につられたのか頭まで痛くなってきた。
この苦痛に次の予約日まで耐えることはできないと観念したわたしは、歯科医院に電話をかけて週末の予約を取った。
歯科医院に予約を入れたことで気が抜けたのか痛みが消えた、ということはまったくなく、さらに痛みがひどくなってきた。
明日が予約を入れた土曜日という金曜日の夜には、とうとう食事をすることもできなくなった。
痛みのある左側の歯ではものを噛まなくなっていたが、右側の歯で噛んでも、上下の歯はまんべんなく噛み合わされる。
かちん、と左側の歯が噛み合ったときに、鋭角な痛みが突き抜けるようになったのだ。
これは神経までやられているに違いないと、わたしはどんよりとため息をついた。
翌日の診察時に歯医者に神経を抜かれている自分の姿を想像した。
それにしても歯が痛い。
金曜の夜のメニューはおかゆだったが、なにしろ歯が噛み合うたびに痛みが走るので、ろくに味もわからない。
土曜の朝は固形物をあきらめてヨーグルトにしたが、アロエの果肉を噛んだとたんに痛みに呻いた。
歯科医院へ行った
歯科医院にたどり着いた夕方には(その時間しか予約が取れなかった)痛みと空腹でかなり疲弊していた。
そしてあたりまえのように歯は痛い。
もはやわたしを救ってくれるのは歯医者の先生しかいない。
名前を呼ばれて診察台に座ったときには安堵感すらあった。
歯科衛生士のお姉さんが、どこが痛むかと聞いてくる。
わたしは自分の歯の状態を説明しつつ、用心のために言い添えた。
「歯がですね、痛いんです。上下の歯を噛み合わせるだけでひどく痛むんです」
歯科衛生士のお姉さんに、痛むのはここですか、と器具でこんこんと叩かれるのは避けたい。断じて避けたい。
わたしの悲痛な訴えに、歯科衛生士さんは気の毒そうにうなずいた。
「そうしたら、指でちょっと押さえるだけにしますね」
わたしはほっとしてうなずいた。
歯科衛生士さんは、ここですか、と指で優しく歯を押さえ、そこです、とわたしはうなずいた。
やがて先生がやってきて、歯科衛生士さんからわたしの症状を聞く。
先生はわたしの歯を覗きこむ。
ひとしきり歯をチェックしていた先生は、次に、
「じゃあ、歯を噛み合わせてみて」
といいやが、いやいや、おっしゃった。
そして涙目になるわたし

い、い、痛いです……
え、でも、歯が噛み合うととても痛いんです。
わたしは当然そう訴える。
しかし先生は、ほら、とかなんとか言いながら、わたしの上下の顎を掴んで、無理矢理歯を噛み合わせた。
「ほら、ぎりぎりして」
ほら、と言いつつ顎を掴んだまま、先生にぎりぎりと顎をずらして噛み合わされる。
そのときの、背中をのけぞらせるほどに突き抜けた痛みをどう表現すればいいのか。
あのときわたしに湧いた感情は怒りなのか悲しみなのか、それとも殺意なのか。
実際は涙目になっただけだ。
結論からいえば、わたしは神経を痛めたわけでも虫歯になったわけでもなかった。
自分ではあまり自覚はなかったが、どうやら歯を食いしばる癖があるようで、そのために歯がダメージを受けたようになっていたらしい。
処置としては薬を塗るくらい。
歯を食いしばらないように意識すること、普段から上下の歯のあいだに空間を作るようにすること、寝るときはマウスピースをするようにといわれた。
注意事項を説明する先生の話を聞くわたしの顔は、ちょっとだけ虚ろだったかもしれない。
薬が効いたのか精神的なものがあるのか、歯科医院へ行ったあと、少しずつ痛みは引いていった。
歯を食いしばっていることに気づいて、はっと力を抜いたりする。
ああ、健康な歯を維持するって大変。
〈PR〉