ご近所の娘さんの箸を託された日

箸

高校生の頃の話

これはわたしが高校3年生の時の話だ。
実家の近所に同級生の女子がいた。小学校の頃はよく一緒に登校していたと思う。
同級生の家のほうが少し小学校に近かったので、わたしが同級生の家に立ち寄って声をかけ、彼女と一緒に登校するという形だった。

お母さんがとてもきれいな人で、田舎にいるのが珍しいほどのアイドル顔の人だった。
あんなに若くてきれいな人がお母さんでいいなあ、と子どもの頃のわたしは思っていたものだ。
同級生の彼女もお母さん譲りの美人で、はっきりした性格の子だった。

妹もいたが、その子も可愛い子だった。
地味なわたしとは正反対だ。小学生の頃はそれでも一緒に遊んだりしていたが、中学生になると行動するグループも違うものになったりして、自然と会わなくなっていった。

高校生になった頃には、通っていた高校も別だったので、同級生の彼女と会うことはまったくなくなった。
そんな頃のある朝のことだ。

ある朝、同級生のお母さんが我が家に来た

え、わたしにご用ですか?

同級生のお母さんが、我が家を訪ねてきた。
会うのは何年ぶりだろうか、年は重ねていたが、相変わらずきれいな人だった。同級生のお母さんが、わたしに申し訳なそうに言うにはこうだ。

同級生の妹にお弁当を持たせたが、箸を持っていくのを忘れた。学校で渡してもらえないだろうか。
中学校に寄ってくれということだろうか、と最初わたしは思った。たしかに通っていた中学校は高校へ行く途中にあるけれど、そこに寄れと?
疑問に思ったが、それはすぐに解けた。

同級生の妹さんは、わたしと同じ高校に通っていたのだ。1年生になったばかりだという。
そうか、あの妹さんももう高校生になっていたのか。同級生とはまったくつきあいがなくなっていたから、妹さんがわたしと同じ高校だなんて知らなかったよ。

というか、お母さんはわたしが同じ高校なんて良く知ってたな。
母から聞いたのだろうか。田舎のつきあいって侮れないな。

そういうことなら、とわたしは同級生のお母さんから、妹さんの箸を預かった。
学年が違うと校舎や階が違ったりするので、それまで学校で妹さんと会ったことはなかった、と思う。
会っても気づかなかっただけかもしれないけど。

妹さんに箸を渡す

さて、顔はわかるのか

学校に着いたらなるべく早いうちに渡そうと思った。顔がわかるかどうかちょっと心配だ。
しかし妹さんのほうは、何年も会っていない姉の同級生(しかも最上級生だ)に突然箸を渡されたらどう思うのだろう。
そんなことを考えながら校舎内を歩いていたときだ。

階段で下級生のグループとすれ違った。その中のひとりの顔を見て、あれ、と思った。
同級生のお母さんによく似た子がいた。なんとなく面影がある。
すれ違うときに思わずその子の腕を掴んでしまった。

彼女はびっくりしたように、いきなり自分の腕を掴んだ上級生(わたしのことだ)の顔を見た。
あたりまえかもしれないが、見知らぬ他人を見る顔をしている。
とっさに腕を掴んだものの、なにを言っていいかわからなくなった。
「あ、ごめんね」とかなんとか言ったと思う。彼女は友達とそそくさとその場を去って行った。

やらかしてしまった感があった。最初から妹さんのクラス(お母さんから聞いていた)へ行けばよかった。
こうなると妹さんのクラスへも行きづらい。が、行かないわけにもいかない。

わたしは友人に同行を頼み、託された箸を持って妹さんのクラスへ行った。
1年生が使う教室へ行くのはあたりまえだが1年生のとき以来だ。わたしはクラスのドアを開け、近くにいた子に妹さんの名前を伝えて呼んでくれるように頼んだ。

ほどなくして妹さんがドアまで出てくる。やはり階段ですれ違った子だった。
「さっきはごめんね」とわたしは言った。
お母さんから預かったから、とわたしは妹さんに箸を渡した。
妹さんは困ったような申し訳ないような顔をして、わたしにお礼を言った。

わたしも戸惑ったが、姉の同級生、というか、上級生から箸を渡された彼女もたいがい戸惑ったことだろう。
まあこれもお母さんの愛情ですから、ありがたく受け取ってくれたまい。
残念ながら妹さんと学校で話したのはそれが最初で最後だ。

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