これもひとつの闘い

戦う女性

あの頃は生保レディが会社に来ていた

わたしが会社に入った頃(ン十年前だ)は、昼休みになると、何社もの生命保険会社の女性が社内に出入りしていた。いわゆる生保レディと呼ばれる人たちだ。
会社の習慣だったのか慣例だったのか、昼休みになると同時に何人も生保レディがやってくる。そして社員を勧誘する。

個人情報なんてゆるゆるで垂れ流されていた時代のことだから、こちらの名前や所属なども知られている。
新入社員は格好のターゲットだから、生保レディに囲まれて熱心な(というか強引な)勧誘を受ける。
初任給をもらったばかりというような社員が、月の支払い額が2万円の保険に入ったりもしていた。

ね、狙われている……

先輩から気をつけるように言われていたこともあり、わたしは昼休みになると同時に逃げるように席を立つのが常だった。
だがある日、昼休みの時間に仕事をする必要があり、社員が食事に出てがらんとしたフロアで仕事をしていた。

待ってましたとばかりに生保レディ2人に掴まった。
もう仕事には慣れたかなどの世間話から入り、わたしの個人情報の収集にかかる。
家はどこにあるのか、学校をどこを出たのか、家族構成はどうか、彼氏はいるかなど。

今ならとんでもないことなのだろうが、当時はごく普通に聞かれていた。
生保レディは、個人情報を聞くのは親密になるためのおしゃべりと考えているフシがあった。

曖昧にぼかしながら答えていると、今度は保険商品の説明だ。仕事をするために机にいるのだが、お構いなしで話してくる。
沖端朝日様用保険設計表とかなんとか書かれた資料を渡された。
こんなもの作ったんですか、頼んでないですよね。
こんなお高い保険に入るつもりはありませんが。

わたしには必要ありません、ちょっとまだ保険は考えてなくて、と断り続けているうちに、生保レディの顔つきがちょっと変わった。
両手を腰に当てて「なにが気に入らないの」と言ってきた。
冗談めかした言いかたをしてはいるが、顔が本気だ。

今の自分なら「あなたの営業態度が気に入りません」くらいは言うところだが、なにしろ入社したてで今よりヘタれだったので、ヘタれ笑いを浮かべながらなんとかお引き取り願った。
その一件で生保レディへの苦手意識は高まった。

生保レディが何人も来る

何社もの生保レディが会社に来るものだから、生保レディ同士で静かな火花を散らしていたりする。いたたまれないんでやめてください。
かと思うと、同じ生命保険会社の違う支部の人が来たりする。
「よければ明日からでも伺わせてください」と差し出された名刺を見れば、すでに違う人が出入りしている会社だ。

会社に来るのは生命保険会社1社につき1組のみ、という暗黙のお約束があったので、
「○○生命保険でしたら○○さんというかたがすでにいらしてますよ」と返事をすると、
「この地区はわたしたちの支部が管轄しているんです。○○のいる支部は本来なら別の地区の担当なんです」と言う。
しらんがな。内輪もめなら内輪でやってくださいよ。

内輪もめは内輪でやってください

生保レディは意識して避けていたのだが、入社して数年後、また昼休みに掴まった。
そのときも仕事の都合で席に残っていたのだ。

昼休みに席に残っている若手社員は相変わらずターゲットにされていた。
ひとりの生保レディがわたしに話しかけてくる。世間話から始まり、わたしの個人情報の収集だ。自宅はどこか、学校はどこを出たのか、恋人はいるのか。

いつかの質問攻めを彷彿とさせるトークだ。いつかとは違う生命保険会社の人だと思ったけど、どこでもやりかたは一緒なんだろうか。
わたしは彼女ににこやかな笑顔を向けた。
「わたしの身上調査ですか?」
彼女はちょっと腰が引けたようになり、いえ、そういうわけじゃないんですけど、と言った。その後はあっさりとわたしから離れていった。
数年ぶりでリベンジした気分だった。江戸の仇を長崎でって、こんな感じ?

あるとき生保レデイが

そんなこんなで、生保レディに対する社内の評判が少しずつ下がっていく。
もちろんすごく印象のいい人もいた。

わたしが好きだったのは、60代ほどの女性だ。柔らかい雰囲気の人で『小森のおばちゃま』を連想させる人だった。
にこにこしながら話す言葉が優しくて面白い。どうせ入るならこの人から入ろうと、その人が紹介する保険に加入した。
残念ながらその後数年して退職されたので、保険が満期になった後は継続せずに解約した。

さてそんな頃にちょっとした事件が起こった。
担当が変わったとかで、ある生命保険会社から新しく出入りするようになった生保レディだった。
30才そこそこくらいに見える女性だったが、なんとも派手な印象を持つ人だ。

一応仕事で来ているんですよね、と聞きたくなるような露出の高い服装をしている。
(他の生保レディは皆スーツかスーツに準じるようなかっちりした服装だったのだが)

来客用に空けている駐車スペースに自分の車を止める。(すぐ近くにコインパーキングがありますよ)
彼女はミュールを履いて会社に来ていたので、階段を降りるときに、ぱしーん、ぱしーん、と高い音がする。
あたりまえだがミュールを履いて仕事をする女性社員はいないので、最初はなんの音がしているんだろうと驚いた。
営業態度にも問題ありだったようで、会社から生命保険会社へのクレームになったよう。

その件がきっかけになったのか、その後、会社への昼休みの生保レディの出入りが一切禁止になった。
他の生命保険会社の生保レディにとっては巻きこまれた形になったのでお気の毒ではあったが。
訪れた静かな昼休みに、わたしたちは喜んだ。

安心して昼休みが過ごせる

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