
でしゃばると思わぬ災難にあうという戒め。犬もうろつき歩くから棒で打たれるという意から。また、動き回っているうちに思いがけない幸運に出会うことのたとえにも使われる。
「犬も歩けば棒に会う」ともいう。
「棒にあたる」は棒で殴られる意で、本来の意味は前者だが、現在は後者の意味で用いることが多い ── 新明解故事ことわざ辞典
目の前にお金が落ちてきた

うーむ、なにに試されているのか
だいぶ以前のことだけれど、歩いているときに目の前にお金が落ちてきたことがある。
あれは会社の昼休みのことだった。コンビニにご飯を買いに行こうと外に出たときだ。
当時会社のそばにはパチンコ屋があった。(その後つぶれたけど)パチンコ屋からひとりの女性が出てきた。30代くらいだろうか。
女性はスマホをいじりながら歩いていたのだが、パチンコで勝ったのだろうか、お金を裸で持っていた。そしてなぜかそのお金を小脇に挟んでいた。
スマホを操作するはずみで脇が緩んだのか、挟んだ紙幣が脇から落ちた。
それがわたしの目の前に千円札が落ちてきた理由だ。
おお、お札が舞い降りた、とわたしは落ちたお札を目で追った。女性はお札を落としたことに気づかずにすたすたと歩き去って行く。
うーむ、わたしはなにかに試されているのだろうか。
あなたが落としたのは金の斧ですか、それとも銀の斧ですか、的な?
いいえ、わたしが落としたのは普通の斧です。
いいえ、あの千円札はわたしが落としたお札ではありません。
ということで、わたしはお札を拾って、小走りで女性を追いかけた。
落としましたよ、と声をかけたわたしに、女性は驚いたようにお礼を言った。
うむ、いいことをした。これが一日一善というものか。
ちなみにそのとき後ろから同僚が来ていて(ランチのために外出したと見える)お札を渡したわたしを見て、お、やるじゃん、という顔をしていた。
はっはっは、いやなに、当然のことですよ。
……よかった、魔が差さなくて。わたしの中のホワイト沖端よ、ありがとう。
(ちなみにホワイト沖端とはわたしの中の天使、ブラック沖端はわたしの中の悪魔を指す)
沖端も歩けば

え、わたしに話しかけたの?
そんなことを、今日ウォーキングしているときに思い出した。
昼は暑いけれど、少し風が冷たくなってくる夕方のことだ。
ウォーキングしているわたしを1台の自転車が追い抜いていった。自転車に乗っているのは10代後半に見える少年だ。
追い抜きざま、こんにちは、と声をかけてくる。
こんにちは、と返事をしながらもちょっとびっくりする。
ウォーキングをしているときに学生に挨拶をされることは時々ある。
ほとんどは小学生だが、あるときなどは野球のユニフォームを着た高校生にすれ違うときに挨拶され、礼儀正しい少年やのう、と嬉しくなったこともある。
しかし10代後半の少年が挨拶するとはちょっと驚きだ。
もしかして、後ろ姿で若いお嬢さんと間違えたとか?
お嬢さんだったらナンパしようと思ったとか?
すまんのう、若いお嬢さんじゃないんだよ。美魔女でもないしセレブマダムでもない。
もふもふとライトノベルとスイーツをこよなく愛するただのおばちゃんなんだよ、ごめんねえ。
あ、キミはおばちゃんって呼んだらいけないよ。人から呼ばれると腹が立つからね。
少年はわたしの少し前で自転車を止め、振り返った。おや?
まだ暑いですね、と少年は言葉を続ける。
そうですね、まだ暑いですね、とわたしは返事をした。
一瞬身構えてしまったよごめんなさいだったが、そのままその少年とは別れた。
話し好きの少年だったのだろうか?
貴重な体験だったのだ
え、最初のお札を拾った話とどう繋がるのかって?
それは、ほら、あれだ。
通りすがりの少年と会話するというのは一期一会というか、おばちゃんにとってはお札を拾うくらい貴重な体験というか。
ちょっと繋げかたが苦しくないかって?
そんなことを言ってはいけません。沖端だって、ブログに載せるネタを毎日一生懸命考えているんです。
読者がいるかどうかもわからないブログを、頑張って更新しているんです。
あ、いま自分で書いててちょっと切なくなったよ。
ということで、たまたまこれを目にしたあなた、これもなにかの縁だと思って、これからも読んでください。ひとつ、よろしく。
えーと、ことわざはなんでしたっけ?
そうそう、犬も歩けば棒にあたる。沖端も歩けばネタを拾う。