
実家の家が建てられた頃
実家は築数十年のなかなかに年期の入った家だが、建築されたのはわたしが中学3年生のときだ。
繰り返そう。わたしが中学3年生のときだ。
なにがいいたいかというと、わたしは当時受験生だった。
いや知っている。自分の親がそんなことを気にしない質だということは。
姉たちを見ていたことだし、受験生だからといって、特別に気を遣ってもらえるなんて思っていたわけではけしてない。
しかしなぜそのタイミングで家を建てようと思ったのだろうか。聞きそびれたまま今に至ってしまった。おそらく親はなにも考えていなかったのだろう。
それまで住んでいた古い家も狭かったが(だから家を建てると聞いたときは喜んだものだ)古い家を利用して使っていた仮住まいはさらに狭かった。
家族が生活する部屋が1部屋と、あとは台所しかなかった。
今風にいうなら1DKというところか。
くどいようだがわたしは受験生だったのだ

宴会ですと
仮住まいの隣に家を建てていたので、仮住まいのときは家を建てる音がよく響いたし、しょっちゅう大工さんやらなにやらが仮住まいの家に出入りしていた。
その頃のことはまあ機会があったら別の話にするとして『落ち着いて勉強できる環境』とはかけ離れていたことは事実だ。
第1志望の高校に受かった自分を褒めてやりたい。
さて、あれは第1志望の高校受験日の前日のことだった。
なぜか家で父親と大工さん達が宴会をしていた。
親が娘の状況をまったく気にしない質なのは知っていたが、本命高校受験日の前日に宴会せんでもよかろうに、と恨めしく思った。
しかたないから参考書やら問題集やらを持ちこんで、台所の隅で最後の追いこみをした。
台所では母や他の女性が(誰だったんだろう、大工さんの奥さんだったんだろうか、よく覚えていないが数人の女性がいた)忙しく宴会の料理を作っていた。
酔っ払い嫌いの原点

もういっぺん言ってみろお
隣の部屋からは酔っ払い特有の大きなダミ声がわんわんと聞こえてくる。
九州男児どもが酔っ払うとそりゃもう大騒ぎだ。
そこに遠慮や配慮といったものはいっさいない。
(そうか、わたしの酔っ払い嫌いの原点はあれかもしれない。うーむ、自分のトラウマに思い至ってしまった)
うるさいなあ、と思いながら、わたしは台所の隅で勉強していた。
なんせ明日は第1志望の高校の受験日だ。できるだけのことはしたい。
そうやって勉強しているわたしを、台所で立ち働く女性陣の誰かが気の毒に思ったのだろうか。
宴会おじさん達に「ここの娘は明日受験らしいから」とか伝えたようだ。
これは想像だが、もしおじさん達にそれを伝えたとして、伝えた人の思うところは「受験日を明日に控えた子がいるんだから、もう少し静かにしてやって」というものじゃなかったろうか。
それを聞いたおじさんのひとりは言った。いや、わめいた。
それは隣の部屋にいたわたしによく聞こえた。
「なに、明日受験だあ? そんなぎりぎりになって勉強したってムダムダ。金八先生もそう言ってたぞ」
てめー、自分の子どもの受験日の前日にも同じセリフを言いやがれ!
音声に一部乱れがありましたことをお詫びします。