5.手術後の頭の状態と退院後

手術後の状態だよ!

少し時間を戻そう。
手術後のわたしの頭は、なにやら不思議な状態にあった。あくまでも体感ではだ。


歯科医院で歯の治療をするために麻酔をかけると唇が腫れ上がったように感じるが、ちょうどあんな風だ。
手術後、自分の頭の左半分が膨れ上がっている感覚があった。


まさか本当に膨れ上がっているわけでもないだろうから、この違和感は、頭に分厚いガーゼかなにかをぐるぐる巻きにされているせいだろうかと思っていた。
それにしても左の頭だけにヘルメットを被っているかのような妙な感じだ。


手術後に初めて鏡を見たのは翌日、確かICUを出てからだったと思う。
洗面所の鏡で自分の姿を見たときに、頭になにも被っていないどころか包帯が巻かれているわけでもなかったことに驚いた。

ヘアバンドのように頭にベルトを巻いていたのと、後頭部の手術跡のところにガーゼを貼られていただけだったのだ。

後頭部のガーゼは鏡には映らないので、自分の目で見えるのは見慣れた自分の姿。
自分が感じるのは頭が膨れているという違和感。


このズレに慣れるのに少しかかった。


頭が膨れているという感覚は日を追うにつれて薄れていったが(数日は続いたか)それが治まったあとは、頭皮が過敏になっている箇所と無感覚になっている箇所に分かれた。

感覚が分かれているのも頭の左半分限定だ。
触れるだけで首をすくめるくらい痛む箇所があるかと思えば、なにも感じない箇所がある。なんとも不思議だった。


担当のK医師からは、心配することはないと言われていたので、あまり気にしないようにしていた。
少しずつ少しずつ、円が次第に小さくなるように、過敏な箇所も無感覚な箇所も狭まっていったが、感覚が元に近くなるまでには数ヶ月はかかっただろうか。
ブラシで髪を梳くたびに感じていた奇妙な感覚も、少しずつ薄れていった。

腫瘍が取れた!

それにしても、今回の脳の病気とその手術に関して、わたしは驚くほどに巡り合わせが良かった。
病院を選んだのは、たまたま職場の近くで、健康診断の受診でなじみがあったから。


その病院に腕のいい脳外科の医師がいたことも、その医師が自分の執刀医になったことも、医師の手術が『奇跡的な』と他の医師に呼ばれるほどのものであったことも。
わたしには、ただただ幸運なことだった。

巡り合わせがよかった

わたしには、ただただ幸運なことだった

手術は、大きな、難しいものになると最初からいわれていた。
腫瘍の全摘出は難しいが(開頭する位置の関係かららしい)取れるだけのものは取りますとも。


取り切れない場合の将来の再手術のこともいわれていた。
後遺症の大きさも示唆されていた。


特に聴力はダメージを受けやすいと。
左の聴覚に深刻なダメージを受けることを、わたしは手術前から覚悟していた。

たとえそうなっても、それを受け入れて生きていこうと思っていた。

腫瘍は、90%か95%は取れたという。
こんなに奥まで取れるとは思わなかった、というのは手術後のH医師の言葉だ。
「取れそうだったんで取りました」と実にあっさりとH医師に言われたときはリアクションに困った。
あの、はい、ありがとうございます。


聴覚の神経は、腫瘍に押されてペラペラになっていたという。
(ペラペラの神経というのが想像できないけれども)
あそこまでペラペラになっていると、たとえ触れなくても落ちるとH医師は続けた。


手術中に、一度わたしの左の聴力はゼロになったらしい。
(意識がないときにどうやってゼロになったのがわかるのかと不思議なのだが、それがわかる器械があるらしい。医学の進歩ってすごい)
なんとか手術中に聴力を回復させることができたそうだが、これまたどうやったらそれが可能なのか、さっぱりわからない。

聴覚や視覚へのダメージをかなり危惧されていたようで、手術後は聴覚と視覚の確認を何度となくされた。
麻酔から目が覚めてICUに移ってすぐから聴覚のチェックをされた。


医師が、わたしの左耳のすぐそばで自分の爪と爪をぴちぴちと鳴らし、この音が聞こえるかと問う。
1度目はまったく聞こえなかった。医師が爪を鳴らしている動作は見えるのに、音は聞こえない。
聞こえない、と首を振ると、更に医師が爪を鳴らす。
2度目にぴちぴちと聞こえたときは、ほっとした。


1度目になにも聞こえなかったときの、ひやりとした、目の前が暗くなるような感覚は今でも忘れない。


手術の数日後には、聴覚の念入りな検査を受けた。
幸いなことに手術前に比べて聴覚に特に違いを感じることはない。

視覚の検査も受けたが、こちらも幸いなことに、ものが二重に見えるということもなく、特に後遺症らしきものはない。

あれほど気に病んでいた顔のけいれんは、手術後はぴたりと治まった。
始終顔がけいれんしていたので、左の顔は筋肉痛に似た痛みがあったのだが、それもなくなった。


食事中に口からものがこぼれることもない。
歩くときに前を向けるようになった。相手の顔を見て話ができるようになった。
左手を顔を隠くために使わなくてもよくなった。


鏡の中に、けいれんする左の顔をあきらめの目で見ていた自分はいなくなっていた。

退院する前日だったと思う。K医師から、MRI画像を見てみますか、と言われた。
手術前後のMRI画像を見比べることができるという。
ぜひ、と返事して、見せてもらうことにした。


手術前のMRI画像では、白い丸い塊があるのがわかる。
それが手術後のMRI画像になると、白い細い線状のものがわずかに散らばっているだけになっていた。
神経に絡んでいるところは無理に取っていないということだったので、残っている部分はそういうことなのだろう。


2枚の画像を見比べたら、白い塊が消えているのが一目瞭然だ。
ああ、本当に腫瘍はなくなったんだ、と改めて実感した。

自宅(というか実家)で療養

手術から半月後に退院した。
一人暮らしをしていたので、退院後は実家で過ごした。


退院の時も姉夫婦が迎えに来てくれた。「お昼はなにが食べたい?」と姉に聞かれて「焼きうどん!」と即答した。ソース味に飢えていたのだよ。
その日食べた焼きうどんはめちゃくちゃ美味しかった。

ところで病院でもそうだったが、実家にいても上げ膳据え膳で、座っているだけで美味しい料理が出てくる。
姉も義兄も料理上手なのだ。(ちなみにわたしに料理の腕を求めてはいけない)
ダメ人間になる危険性をひしひしと感じる。


それにしても、なぜ姉も母もやたらとわたしに食べ物を与えようとするのだろうか。
母の目には、わたしが『一人暮らしをしていて食生活が偏っている』フィルターがかかっているとしか思えない。


姉は姉で「たーんと食べて大きくなるんだよ」と、まるで昔話に出てくる肝っ玉母さんのようなことを口にするが、オネーサマ、わたしもう育つのは横にだけ……。

この頃には『会社に行かない状態』にすっかり慣れていた。
休職した最初の数日こそ、なにやら手持ち無沙汰な落ち着かなさを感じたが、じき慣れた。
休職後すぐに入院したこともあって、落ち着かないと感じる余裕もなくなったこともある。


退院して自宅療養する頃には、今後社会復帰できるだろうかと危ぶみ始めた。
すっかりまったり生活に慣れてしまった。

まったり生活にすっかり慣れた

……会社員に戻れるかな

仕事のやりかたを覚えているだろうか。時期によっては悲鳴を上げたくなるくらい忙しい生活に戻ることができるだろうか。
うーむ、いざとなったら「頭を穴を開けたので忘れました」と言ってみるか。通用するかどうかはわからないが。


同期で上司の、含むものありありの笑顔が浮かぶ。「そうかー、頭に開けた穴から抜けちゃったか。じゃあまた一から詰め直そうか」といい笑顔で言ってくれそうだ。

同僚兼友人たちには、退院後の約束をいろいろと取りつけている。
快気祝いにスイーツをごちそうしてもらう予定だし、新しく迎えたというキジの美猫をもふらせてもらいに行く予定だ。

長いつきあいの友人たちには病気になったことを伝えていない。
彼女たちはきっとTのことを思い出す。余計に心配させてしまいそうだ。


だから元気になってから「実は病気していました。だがしかし、この通り無事復活しました」と言おう。
でも、ああでも、黙っていたことをすごく怒られそうだ。
しかたない、謝りたおそう。

脳腫瘍を経験して

脳腫瘍という病気を経験して、わたしの人生の見えかたはそれまでとは少し変わったように思える。
足下ばかりを見ていたのに、いつのまにか先にあるものに目を向けることができるようになった。
今日のことだけではなく、明日のこと、それ以降のことを考えるようになっていた。

メンタルの不調を自認していたわたしは、病気になる前は、ずっと長いこと、海の底を這うような毎日を過ごしていた。
今日一日のことを考えるのが精一杯だった。
目の前にある、海底の地面しか見えなかった。

長い時間をかけて、ようやく立ち上がって歩くことができるようになった。
海の中にも水の流れがあり、生き物が泳ぐのだと、日が射しこむのだとわかった。

 
脳腫瘍だと宣告されたとき、海底を歩く目の前に、大きな岩が立ち塞がったように感じた。
もうこれ以上歩くことはできない、射しこんでいた光も遮られてしまう、とそう思った。

でもそれは思い違いだったのかもしれない。
巡り合わせが良かった、運が良かった、と何度も感じた。
良かったですね、と何度も人に言われた。


大きな岩は、わたしの前に立ち塞がったわけではなかったのかもしれない。
岩を足がかりにして、わたしは少しずつ、海面に近づいていたのかもしれない。


顔を上げれば、すぐそこに水面があるのかもしれない。
明るい日射しが降り注いでいるのかもしれない。
わたしが顔を上げてさえいれば、きっと、いつでもそれは目に映るのだろう。

ヘタれ闘病記を読んでくれてありがとう!

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