
鏡餅の話
正月を控えた時期になると思い出すことがある。
わたしが入社した頃、会社では仕事納めが近くなる時期には鏡餅を買っていた。
取引先に鏡餅を取り扱っているところがあったので、そこからの購入だ。
下の段の餅は直径20センチ以上あったのではないだろうか。かなりどっしりした鏡餅だった。
年末に鏡餅を飾るのはいいのだが、正月休みが終わって出社すると、あたりまえだが鏡餅はかぴかぴになっている。そして黴びている。
わたしが入社する以前は、鏡開きの頃に本当に鏡餅を開いて焼いて社員で食べていたらしい。(社内にストーブがあった頃の話はさすがに年長の人たちから聞いたことがあるだけだ)
鏡開きの頃にぜんざいを作ってはいたが(ええ、作っていました、会社の台所で、就業時間内でしたが。恒例行事になっていましたね)小餅を買っていたので、鏡餅を使うことはない。
鏡餅をどうするかの話

縁起物なのはわかるんだけど
この鏡餅をどうするかがちょっと問題だった。
年末から社内に置いておいた鏡餅だ。見事に色鮮やかに黴びている。
間違っても食べたくない。
さりとて縁起物でもあるので、生ゴミに、というわけにもいかない。
いやわたしは生ゴミ行きで全然構わなかったのだが、当時の男性上司にそういったことにえらくうるさい人がいて、鏡餅を処分するなんてとんでもない、と言われていた。
そうなるとどうするかというと、社員で何個かある鏡餅を手分けして持ち帰りましょう、ということになる。当時所属していた部署の関係で、わたしも『持ち帰りましょう』メンバーの中に入っていた。
いらん、と心の底から思った。
縁起物だということはよくわかるが、持って帰ったところで色鮮やかに黴びた餅を家で食べるわけでもない。ゴミ箱に直行なのだから、心情的にはゴミを押しつけられているに等しい。
それでも入社して何年かは、まあ縁起物だし、と諦めていた。
だがある年『持ち帰りましょう』メンバー内でこっそりと話し合い、鏡餅を処分することにした。うるさ型の上司にはもちろん内緒だ。
初めて鏡餅を処分した年は、一抹の申し訳なさを感じながらも、すっきりした。
こっそり処分した後の話

うぉい、喋りやがった!
処分したことについては、メンバー内で箝口令を敷いた。特にうるさ型の上司にはバレないようにしようと。
そんなこんなで仕事始めから半月ほど経ったある日。
うるさ型の上司と仕事の打ち合わせをしていた。後輩女子も一緒だったが、後輩女子も『持ち帰りましょう』メンバーのひとりだった。
ひととおり仕事の話が終わったところで、上司がふと思いついたように口にした。
「そういえば、今年は鏡餅はどうしたんだ?」
きた、とわたしは思った。
さあどうやってごまかすか。ここはやはり「わたしたちで持ち帰りました」だろうか。
わたしが口を開く前に、後輩女子が言った。
「あれですか、捨てましたよ」
うぉい、あれだけ口止めしたのにあっさり忘れやがったよ、こいつ! バカか!
「ばっ」とわたしは思わず口にしたが、すぐそばに上司がいるのでそれ以上はなにも言えなかった。
これまでの人生で「ばっ」と言葉を途切らせたのはあのときが最初だ。そして現在に至るまで2度目はない。
「え、捨てた?」と上司が低い声で言う。
時よ止まれ、と本気で念じた。
叶わなかった。