わたしに道を聞いてはいけない

目がうずまきにこちゃん

方向音痴であり、地理音痴でもある

前にも書いたように思うが、わたしはかなりの方向音痴だ。地理音痴でもある。頭の中に地図もコンパスもない。
この方向音痴っぷりが、インドア気質に拍車をかけているのだろうと自己分析している。

わたしが以前乗っていた車にはナビがついていなかった。
まあナビがついていたところで地図が読めないのだからナビが役に立ったかどうかは不明だが。

車で知らない道を走るのはわたしにとっては恐怖以外のなにものでもない。
車で新しい道を探検するのが楽しい、という人とは明らかに人種が違う。

以前、車のナビのCMで『ナビが知らない街にわたしの好みのカフェがあることを教えてくれた』とかいうものがあった。
軽やかなCMには申し訳ないが、わたしには怪談にしか聞こえなかった。

わたしだってカフェは好きだ。カフェでスイーツを食べるのはもっと好きだ。
だがしかし、好みのカフェにたどり着くまでに『知らない街を走り続け』なければいけないのか。
自分のメンタルがとても保つとは思えない。

車の運転には神経をすり減らしていたよ

行動範囲は激狭

実家に住んでいた頃は、最寄り駅までの通勤用に車を使っていたが、駅近くに部屋を借りてからはその必要がなくなった。
ドライブが趣味ということもまったくないので、引っ越して数年後には実家に置きっぱなしにしていた車を処分した。

それ以来ペーバードライバー歴を更新中だ。免許証は高価な身分証明書となっている。
もしいま再び車を運転しようと思ったなら、ペーパードライバー講習から受け直さないといけないだろう。

というわけで、わたしの行動範囲はかなり狭い。地元から出ることもあまりない。
なら地元には詳しいのかと思えば、そんなこともない。

なぜなら方向音痴で地理音痴だからだ。
生まれ育った地元でいまだに迷う。たまにどこを歩いているのかわからなくなる。

体力不足と運動不足を解消するために時間を見つけてはウォーキングをしているが、決まった道しか歩かない。
うっかり道を1本はずれようものなら迷子になるからだ。

だが、それなりの格好をしてウォーキングをしていると『地元感』が滲み出るのか、ときどき道を聞かれることがある。
地元が観光地でもあるので、観光客が多いのも理由のひとつだろう。

そりゃまあ、土地勘のない観光客からしたら、パーカーとトレーニングパンツを着てウォーキングをしている人がいたら道を聞きたくもなるよね。
その気持ちはわかる。よくわかるよ。

地元民が地元に詳しいとは限らないのだ

わたしに声をかけてしまいましたか

だがしかし、よく見てほしい、あなたが道を聞いたその人は、たしかに地元民ではあるのだが、方向音痴だ。
あなたが地図を片手に声をかけたとたんに顔がひきつっているのがその証拠だ。
あなたは人畜無害な顔をした(友人談)地元民が通りかかってよかったと安心しているだろうが、聞いてはいけない人に道を聞いている。

わたしだってできれば観光客のお役に立ちたい。
店を聞かれたら教えたいし、道順だって教えたい。

だが運良く店の場所を知っていたとしても、自分が現在いる場所からその店までどうやって行けばいいのかわからないのだ。
東に行けばいいのか西に行けばいいのかなんてわからないのだ。
精一杯のことを答えたいと思っても、わたしにはすぐそこに限界があるのだ。

「ここをまっすぐ歩いてください。道の右手にあります」
このくらい答えられたらまだマシなほうだ。
「えーと、ここからだとだいぶありますね。あっちの方向です。歩きですか? 10分か、15分くらいですかね」

すいません、これが限界です!
わたしよりもよほどスマホのGoogleマップが役に立ちますよ!

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