それはわたしに見せてよかったのか、後輩くんよ

カンガルーの親子

それは会社の飲み会で

あれはなんのときだったろうか。会社の飲み会だった。名目はなんだったろう。忘年会だったのか新年会だったのか、はたまた誰かの送別会だったのか。
とにかく会社の飲み会だった。

参加人数の多い飲み会では、席はくじ引きで決まるのが常だ。
会場に入ると、世話役がくじが入った袋や箱を手にして待っているので、その中から1枚を引く。席には番号を書いた紙がすでに置かれているので、自分が引いた数字と同じ番号が書かれた紙のある席に着く。

実に公平な運まかせなのだが、誰の隣になるかというのは飲み会の楽しさを左右するものだったりするので(特にわたしは一度座ったら根が生えたように動かないのが常なので)気合いを入れてくじを引いた。

その日の飲み会は話しやすい人が周囲にいたと思う。良かった、と思った。
左隣りには後輩くんが座っていた。部署も仕事をするフロアも違うので仕事中にあまり関わることはないのだが、人当たりのいい話し好きな人だ。

酒が回るにつれて席を移動したりお酌をして回ったりという人が増えてくるが、わたしは最初に座った席を動かずにいた。
飲み会のマナーとしてどうなのかはわからないが、自分の席にいないと料理も食べることができないしね。まあいいか。

後輩くんは酒が回っていた

後輩くんはすでにでろでろだ

後輩くんはあまりお酒に強いほうではないようで、彼も席を動かずにいたのだが、けっこう酒が回っているようだ。
最近生まれたばかりという子どもの話をし始めた。彼にとっては初めての子どもなので、すっかりめろめろになっている。

酒に酔ってでろでろになっているのか子どもの話でめろめろになっているのか、彼の様子からはよくわからない。
でろでろのめろめろだ。まあ楽しそうだからいいか。
しかし子どもが生まれたばかりなのか。奥さんは大変だろうな。余計なお世話だけど、飲み会ででろでろになっていていいの?

後輩くんはポケットから自分のスマホを取り出した。
「子ども、めっちゃ可愛いんすよ。写真、見ますぅ?」
見せたいんだよね、と大人なわたしは突っこまなかった。

わたしは人さまの家族写真を見るのはけっこう好きだ。年賀状でも子どもの写真とか送ってくれる人がいるが、わたしはそれを楽しく見ている。年々子どもが大きくなっていくのがわかったりして面白い。
自分に子どもがいないから他人の子どもで疑似体験をしているのか、などと穿った見方をしてはいけない。

後輩くんはお気に入りの写真を呼び出したらしく、はい、とスマホをわたしに渡した。
彼は相変わらずでろでろのめろめろだが、わたしは目の前に現れた写真を見て、う、と動きが止まった。

後輩くんが見せた写真は

こ、これ見せちゃうの

子どもの写真、というか、奥さんと子どもの写真だ。というか、これは赤ちゃんが生まれた直後の写真だ。というか、奥さんがいるのはどう見ても分娩台の上だ。生まれたばかりとおぼしき赤ちゃんが奥さんの胸の上に抱かれている。
も、もしや、これは『カンガルーケア』をしている写真なのか?

一応簡単に説明しておくと、カンガルーケアとは、出生直後に赤ちゃんを裸のまま母親の胸の間で抱っこするケアのことだ。
繰り返すが、出生直後だ。
繰り返すが、奥さんがいるのは分娩台の上だ。

写真を撮った位置は奥さんの頭側からだし、(立ち会いの夫視点の位置というか)奥さんの胸から太ももにかけては毛布らしきものがかけてあるので体が見えるということはないが。

しかし、だがしかし!
うぉい、この写真、人に見せていいかって、奥さんには確認したのか!
いや確かに気にしない女性もいるのはいるだろうけどさ。

目の前に出された写真にわたしはうろたえてしまった。
後輩くんに聞いてみようと思っても、彼は最前からずっとでろでろのままだ。

だめだ、まともな返事が返ってくる気がしない。
「……素敵な写真だね。ありがとう」
わたしは画面を覆うようにして彼にスマホを返した。
しまっときなさい!

悪いことは言わない。帰って奥さんにちゃんと確認したまい。
その際は、すでに写真を他人に見せてしまったことを言ってはいけないよ。

タイトルとURLをコピーしました