
悪夢はお約束のできごと
夢見が悪いのは今に始まったことではない。
その日に見た夢は、自分が部屋の隅に隠れているというものだった。
そこは、たとえるなら学校や病院のような建物だった。
建物の中にいくつも部屋が並んでいて、その中のひとつの部屋の隅に、わたしはうずくまるようにして隠れていた。
周囲は薄闇で、ぼんやりと無機質な建具が浮かんで見える。
遠くから足音が聞こえてくる。その足音は徐々にわたしが隠れている部屋に近づいてくる。ばたんばたんとほかの部屋のドアを開けている音が聞こえる。
足音はだんだんと大きくなる。部屋のドアを開く音も大きくなる。
あいつがやってくる、近づいてくる、とわたしは怯えている。
ますます身を縮こまらせる。
ばん、とわたしが隠れている部屋のドアが開く。
わたしはただ体を震わせる。
あいつが部屋に入ってくる。
黒い大きな影が目の前に立ちはだかる。
わたしはあいつを見上げ、大きく口を開く。悲鳴は出ない。
黒い影が目の前いっぱいになる。
ぱん、と光景が切り替わる。
わたしは部屋の隅にうずくまっている。
遠くから足音が聞こえる。ばたんばたんと並んでいるドアが開かれている音が聞こえる。
ああ場面が戻った、とわたしは思う。
またあいつがやってくる。だんだん近づいてくる。
わたしの隠れている部屋のドアが音を立てて開く。
黒い、大きな影がわたしの前に立ちはだかる。
わたしは大きく口を開く。

こ、怖い怖い怖い
目覚めたら脱力。どうにかしてくれ
は、と目が覚めた。
ああ夢だ、とようやく気づく。
ときどき見る、ループする夢だ。何度も同じ場面を繰り返す。
久しぶりに怖い夢を見たな、と思う。
わたしの場合、久しぶりというのは1ヶ月ていどを指す。
実家にいた頃、一時期立て続けに悪夢を見ていた。
寝るたびに悪夢を見ていたものだから、眠るのが怖かった。
その頃読んでいた小説に、ぬいぐるみは力を持っていて、かつ持ち主を愛しているので、その力を使って持ち主を守る、というものがあった。
主人公はぬいぐるみの持ち主である少女なのだが、私生活でもぬいぐるみ好きで知られている作家の、その設定にとても心ひかれた。
わたしはひと抱えはある大きな馬のぬいぐるみを持っている。
甥っ子たちが小さい頃は格好の遊び道具(というか乗り物。そのせいですっかりつぶれた)になっていたのだが、その頃は部屋の隅に放置されていた。
長い間ほったらかしにしていた馬のぬいぐるみを、わたしはその日ベッドの中に入れた。
ぬいぐるみが悪夢から守ってくれる

悪夢にうなされる者はぬいぐるみにすがる
いい年をした大人としてそれはどうかと思わないでもなかったが、たいがい追いつめられていたわたしは、お願いだから助けてちょうだい、と都合のいい頼みを馬にぶつけ、ぬいぐるみを抱いて眠った
ぬいぐるみを抱く、という体勢がよかったのか、柔らかいものに頬を埋めているという安心感のおかげか、はたまたぬいぐるみパワーが実在したのか、わたしが悪夢を見る回数は格段に減った。
不思議だが本当の話だ。
その日以降馬のぬいぐるみの定位置はベッドの中になり、馬の顔を撫でて、今夜もよろしく、と声をかけるのはわたしの就寝前のお約束になった。
わたしは感謝をこめて馬に『たろう』と名前をつけた。
世界一有名なネズミのイラストが描かれたTシャツを着せ(ネズミーランドでテンションが上がったときに買ったはいいが着ることができずにいたやつだ)Tシャツに『たろう』とワッペンをつけた。
たろうは今でも実家のわたしの部屋にいる。
今の部屋に引っ越すときに、連れてくることを真剣に考えたのだが、たいがいいい年をした女の部屋に大きなぬいぐるみがあるのはどうなんだという妙な見栄が働いて置いてきてしまった。
実はちょっと後悔している。
悪夢頻度が高くなるようだったら連れてこようか。
まだたろうはわたしを守ってくれるだろうか。
あの日読んだ小説に出てきたぬいぐるみのように。