
(蜘蛛の子の入っている袋をやぶると四方八方に散るところから)
大勢のものが、散りぢりに逃げることをいうたとえ── 日本国語大辞典
それは1本の電話から始まった
ある日の就業中のこと、外線電話を切った後輩女子が、なにやら困った顔をしている。
なにかあった? と話しかけたわたしに、後輩女子は困った顔のまま話し出した。
「取引先の○○から電話だったんですけど、T課長に」
「T課長って今日は出張してるよね?」
「そうなんです。数日前にT課長あてに書類を郵送したらしいんですけど、その返事がまだないからって」
ああ、と、わたしは納得ともため息ともつかない相づちを打つ。
T課長に処理を急かすにしろ、T課長から指示を受けて代わりに対応するにしろ、書類の内容がわからないことにはどうしようもない。が、
T課長は気さくで人あたりのいい、大変仕事のしやすい上司であるのだが、いかんせん整理整頓という言葉をどこかに置き忘れている。
仕事柄出張が多いこともあるのだろうが、未整理の書類が机の上に山積みになっているのが常だ。
ちらりとT課長の机に目をやると、今日も今日とて机の上に書類の山ができている。
「あの中に埋もれてるんじゃない?」
「……ですよねえ」
後輩女子と一緒に上司の机を漁る
仕方がないので、わたしと後輩女子は2人でT課長の机を漁ることにした。
どんなに机を漁ろうと、たとえ引き出しの中を漁ろうと、T課長がまったく気にしない性格なのはせめてもの救いだ。
書類の山をひとつずつ崩していく。メモだのファックスだのなにかの資料だのの間に郵便物が紛れている。
取引先からの郵便物の中には『再発行』と赤いスタンプが押されているものもある。
気づきたくなかったが未開封だ。
おいおい、と後輩女子と顔を見合わせてどんよりとため息をつく。
まずは問い合わせがあった取引先からの書類探しを優先しよう、とさらに書類の山を崩す。
いったい誰が想像するだろう。
わたしだってわかっている。自分が住んでいるところも、自分が勤務している会社も地方都市にあることを。はっきり言って田舎だ。
だからって、書類の山の間に蜘蛛がいつの間にか卵を産みつけていて、さらにその卵が孵化しているなんて想像できるだろうか、いやできない(反語)
蜘蛛の子が一斉に飛び出した!

書類の下から蜘蛛が、蜘蛛の子が……!
一束になった資料をどかした途端、米粒より小さいサイズの蜘蛛の子が大量に、かつ一斉に飛び出して散らばっていった。
ねえ知ってた? 蜘蛛の子って、本当に四方八方に散らばっていくんだよ。
フロアじゅうに、わたしと後輩女子の悲鳴が響き渡った。
え? 郵便物はその後どうなったかって?
うーん、スパイダーショックで思い出せない。