
猫が車に入りこんだよ
あなたは車に入りこんだ猫を救出したことはありますか。
わたしはあります。
というか、職場が一丸となって救出したことがあります。
あれはまだ暑さが残る季節の昼下がりだったと思います。
外回りに出ていた営業社員が会社に戻ってきたんですが、なにやら焦っているんです。
どうしたかと聞けば、車から猫の鳴き声が聞こえるというじゃありませんか。
会社のほど近くまで戻ってきたときに信号で引っかかったらしいんですが、停車しているときに猫の鳴き声がどこからともなく聞こえてきたと。
同乗していた上司と顔を見合わせたらしいです。
「猫、鳴いてます?」
「だよな」
というような会話が交わされたのでしょうか。
救出しよう

(ほぼ)総出で救出劇
けして暇だったわけではないのですが、社内に残っていた社員が一斉に駐車場まで飛び出していきました。
もちろんわたしも飛び出したうちのひとりです。
暇だったわけではないんですよ、繰り返しますが。
白い営業車のそばにしゃがみます。周囲には同じように何人も社員がしゃがんで車を覗きこんでいます。
そうするとですね、確かにか細い猫の鳴き声が聞こえるんです。
子猫の声でした。
よくまあ走っている間に車から落ちなかったものです。
強運な猫なんでしょうね。
それからはあっちを覗いたりこっちを覗いたり声をかけたり手を突っこんでみたりと猫の救出大作戦が始まりました。
しかし猫も恐がっているのか、なかなか姿を見せてくれません。
声はすれども姿は見えずというやつです。
小一時間くらい社員たちが奮闘していたでしょうか。
途中、上司に呼ばれてしぶしぶ席に戻って仕事を再開したりもしました。
駐車場から歓声が聞こえてきまして、わたしは慌ててまた飛び出しました。
汗まみれになった社員の、その手の中に子猫がいました。
社員の手の中にすっぽり収まるくらいの子猫でした。たしか茶のキジ猫だったんじゃないでしょうか。
その子はカギしっぽの子でした。幸運を引き寄せてくれるというカギしっぽです。カギしっぽにも種類があるようですが、その子のしっぽは見事なL字形をしていました。
猫の行き先は

無茶振りですがな
小さな段ボールにタオルを敷いて子猫を入れます。よく水を飲んでいました。
本当ならミルクを飲ませたいところですが、あいにく近くに猫用のミルクを売っているような店はありません。
さて助けたこの子をどうしよう、という話になりました。
すぐに猫を飼える人というのもなかなかいないものです。
猫好きな人で、飼える人はすでに飼っているでしょうし、飼っていない人はそれなりの理由があります。アレルギーがあるとか、ペット厳禁の賃貸に住んでいるとかですね。
そのうち誰かが言い出しました。
「そうだ、Yに連れて帰ってもらおう」
Yさんというのは男性社員で、そのときは外回りに出ていて不在でした。
猫好きの人のようで、自宅で猫を飼っているそうです。ちなみに既婚者です。
その場はすっかりYさんに猫を飼ってもらうことで話がまとまっています。
本人不在でそんなことを決めてしまっていいのでしょうか。
それにこの場合、YさんよりYさんの奥さんの意見を聞いたほうがいいのでは。
それからほどなくしてYさんが外回りから戻ってきました。
不思議そうな顔をしながら猫がいる箱のある場所まで、他の社員に引っ張られてきました。
「Yくん、キミにプレゼントがあるよ」
猫入りの箱を受け取ったYさんは驚いていました。そりゃそうだ。端から見てもすごい無茶振りです。
しかし、Yさんはとてもいい人でした。箱の中を覗いて、心臓を打ち抜かれたような顔をしています。
入りこんでいた営業車から救出した話を聞いて、すごく喜んでいました。ああ、いい人だ。
しかしだからといって、じゃあこの猫は自分が飼いますと即答はできないでしょう。
Yさんはしばし悩んでいるようでしたが、ちょっと待ってください、と言って電話をかけ始めました。
相手は自宅にいる奥さんのようでした。
やがて電話を終えたYさんは、笑顔でわたしたちのほうへ振り返りました。
「今から嫁が車でここへ来るそうです」
なんという急展開でしょう。
Yさんの奥さんは猫を飼うことを快諾したばかりか、今から猫を迎えにここへ来るというのです。Yさんの奥さんもとてつもなくいい人だね!
そこに幸あれ!

全力で幸せを祈る!
奥さんはさほど待つこともなく会社へ来ました。素晴らしい行動力です。
優しそうな、でもてきぱきしていそうな人でした。
子猫が入った段ボールを大事そうに受け取りました。
「ありがとうございます」と、なぜか奥さんがわたしたちにお礼を言います。
お礼を言うのはこちらだと思うのですが。なんていい人でしょう。
この子はカギしっぽだから、きっと幸運を運んできてくれます、とわたしが言うと、奥さんは素敵な笑顔を向けてくれました。
今から動物病院へ連れて行きますといって、奥さんはさっそうとその場を後にしました。
後日、せめて診察代やご飯代にしてほしいと、社員有志で気持ちばかり包んでYさんに渡しました。
車のボンネットから救出されたその子は、ボンちゃん、と名づけられたそうです。
なんて単じゅ、げほげほっ、わかりやすい名前ですね!
後日、少し大きくなったボンちゃんの写真を見せてもらいました。
先住猫の白い猫と一緒に丸まって猫団子になっていました。
ボンちゃんとYさん一家に幸あれ!
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