
ひそかに雷が落ちた日

自覚はある日突然に
自覚したのはいつだったろうか。たしか会社の同僚から指摘されたのだ。
携帯電話の画面を見ていたと思う。そうしたらそばにいた同僚が言った。「沖端さん、画面の位置が遠いですよ」
語尾に(笑)のマークがついていそうな口調だったが、わたしの中にはひそかに雷が落ちた。
とうとうやってきたのか、このときが。
いや実は文庫本の文字が読みづらくなってきたな、とは感じていたのだ。
わたしは20代の頃に視力矯正をしているので、それ以来メガネだのコンタクトレンズだのとは縁が無かったのだが、ここに来て、その縁が復活しようとしているのを感じた。
本を読むのが不便と感じることは、わたしにとっては死活問題だ。
楽しく本を読むためにも必要な物は手に入れなければいけない。
必要なもの、その名を『老眼鏡』という。
とうとうアレが必要に
……なんだろう、この響き。口にするだけで一気に老けこむような気がする。
もうちょっとネーミングがどうにかならなかったのだろうか。
誰だよ、名前をつけたの。
メガネ屋へ行って「老眼鏡を探しています」と口にするのに抵抗を感じるのだよ、絶妙なお年頃の女性としては。
しかし少しずつ少しずつ自覚症状は強くなる。
いい加減にそろそろメガネを作らないと、会社で書類仕事をするのにも支障が出そうだ。
覚悟をつけようとしてつけかねていた頃。
あれはなんの媒体で目にしたのだったろうか。
メガネの広告を見ていたのだろうが、『リーディング・グラス』という名称でメガネが紹介されていた。
これだ、とわたしの全身が光に包まれた。(ちょっと盛りました)
『リーディング・グラス』なんていい名称なんだろう。これだ、これだよ。やればできるじゃないか。
なんでもかんでも横文字にすればいいというものではないのだろうが、『リーディング・グラス』これはいいよ。これなら抵抗なく買いに行くことも身につけることもできる。
さっそくメガネを買いに行く

つ、通じない……
目の前が明るく開けたわたしは、さっそく地元のメガネ屋に足を運んだ。確か全国チェーン点の結構有名な店だった。
メガネ屋に足を運ぶのはいったい何年ぶりだろうか。
店内に入り、並べられた商品をぐるりと見る。目的の『リーディング・グラス』はどのあたりだろうか。
ひとりの男性店員がわたしに近寄ってきた。
「なにかお探しですか?」
わたしは微笑んで答える。
「リーディング・グラスを探しています」
一瞬の間があった。
「リーディング・グラス?」
男性店員が軽く首を傾げる。
うぉい、知らんのかい。
まだメガネ屋にも知られていない名称だったんかーい。
「……老眼鏡です」
ああ、という顔になって、男性店員はわたしを店の一角に案内してくれた。
早く、ああ早く早く、浸透してくれこの名称。
微妙で絶妙なお年頃の女性たちのためにも、ぜひ!
え? 男性だってリーディング・グラスを使うだろうって?
野郎のことはどうでもよろしい。