
帰りの通勤電車の中での出会い、というか遭遇
帰りの通勤電車の中だった。
わたしはいつものように扉のそばのバーを掴んで本を読んでいた。
電車の扉が閉まる直前にひとりの女性が乗りこんできた。
本へと落としていたわたしの視線は彼女に持っていかれた。
スーツ姿の若い女性。着慣れない感じからして新入社員というところか。ほぼすっぴん。胸には名札。
手には串団子を持っている。いや串団子にしては3個ほど刺さっている団子のサイズがかなりおおぶりだ。
串まんじゅうというほうが表現として正しいだろう。
電車でものを食べる人は少なくない。学校帰りとおぼしき学生の集団とか、若い男女のグループとか。
若い女性がひとりで串まんじゅうを食べているというのはなかなか珍しい。
彼女は無心に串まんじゅうを頬ばり、ものの数分で食べ終えてしまった。
串がきれいになるまで食べ尽くしている。
はて彼女は食べ終わった串をどうするんだろうか、とわたしは少々いじわるな好奇心でチラ見していた。
まんじゅうが3個刺さっていたくらいだから串の長さはけっこうある。
手に持ったままではじゃまだろう。ポケットに入る長さではないし、だいいち舐めていた串をそのままスーツのポケットに入れたくはないだろう。
ハンカチかティッシュに包んでバッグに入れるあたりが王道だろうか。
まさか電車の床に捨てはしないだろうな。
現代版の木枯らし紋次郎か

モンちゃんと呼ぼう
彼女の行動はわたしの予想の斜め上をいった。
彼女は串をそのまま口にくわえた。
く、くわえちゃうんですか。
串をくわえたまま、バッグからスマホを取り出していじりはじめる。
口に長い串をくわえた彼女の横顔はなにかを連想させた。
あれだ。往年の時代劇ファンにはなじみ深い男、木枯し紋次郎だ。
ご存じじゃないかたのために説明すると、木枯し紋次郎は渡世人だ。
トレードマークは三度笠と縞の道中合羽。そしてくわえた長楊枝。
決めセリフの「あっしにはかかわりのねえことでござんす」にしびれた善男善女は数多いはずだ。
そうか、彼女は現代の紋次郎だな。今からモンちゃんと呼ぼう。
モンちゃんはくわえ楊枝ならぬくわえ串で一心にスマホをいじっている。
なにかに掴まっているわけではないので、電車の振動に合わせてゆらゆらと体が揺れている。
もしもコケたりしたらくわえた串がのどの奥に刺さるんじゃないかと、見ているこちらがはらはらしてしまう。
モンちゃんの行動を見守る
モンちゃんは扉の近くに立っているので、いやでも電車の乗降客たちの目に入る。
駅に停車するたびに乗客がぱらぱらと乗り降りする。地方の駅なので、通勤時間帯といえど、そこまで人は多くはない。
スーツ姿の現代のモンちゃんを露骨に見ていく乗客もいる、が、モンちゃんはおかまいなしだ。
モンちゃんはスーツの胸に名札をつけている。おそらく会社、あるいは所属する団体の名札だろう。モンちゃんの名前も書かれているはずだ。
モンちゃんの会社に「おたくの会社のモン(仮名)という社員が電車内でこんなことをしていた。おたくの社員教育はどうなっているんだ」というクレームの電話がかかるんじゃないかと他人事ながら気になってしまう。
わざわざ電話番号を調べてそんなクレームの電話をかける人がいるのかと思うむきもあるかもしれないが、わざわざ番号を調べてそんな電話をかける人は確実に存在する。
しかし串とはいえくわえっぱなしで気にならないのだろうか。
舌の上に串の味が広がりそうだし、串を噛んでうつむいていたら串を伝ってよだれが垂れてしまいそうだ。
ああ、気になって本の内容がまったく頭に入らないよう。

気になってしかたがないよう
と、モンちゃんが串を口から取り出した。唇をこすっている。やはり気になったか。
そうだよね、ハンカチかティッシュに包んでインバッグが王道だよね。
安心するわたしを尻目に、ちょいちょいと唇を拭ったモンちゃんは、再び串をくわえた。
やっぱりくわえるんかい!
とうとうわたしが降りる駅に着いてしまった。
わたしにはこれ以上モンちゃんを観察、いやいや見守ることができない。
このあとモンちゃんがどうするのか気になるんだよう。
モンちゃんの横顔が語っているようだった。
あっしにはかかわりのねえことでござんす。