涙のチケット取り

泣き顔の女性

ミュージカルがやってきた!

ドストライクのミュージカルがやってきた!!

面白そうなミュージカルがやってきた。
わたし(たち)の趣味にドストライクの演目だ。これは観なければなるまい。
わたしはさっそくネギとボスに声をかける。

ネギは気の置けない友人のひとりで、ボスは、うーん、どう説明したらいいのか。
会社でとてもお世話になったとてもお偉い人だ。(なぜ仲良し観劇仲間なのか我ながら不思議だ)
2人は観劇を快諾した。久しぶりの観劇に2人とも乗り気だ。

ふふふ、そうだろうそうだろう、わたしの推しミュージカルに間違いはない。
あとはチケットを取るだけだ。

チケット取り。それは戦いのゴングが鳴る時でもある。
人気のチケットを取ったことのある人ならわかるはずだ。その1分1秒を争う熾烈さを。

さてチケットをどこで取るか。コンビニか、パソコンか、あるいは電話か。
あいにく当時わたしの使っていたパソコンはあまり通信速度が速くなかった。その頃でもだいぶ下火になっていたADSLだったからだ。
うっかりド○モのショップに行ったときに話してしまい驚かれた。その後の光回線の猛プッシュには正直まいった。
おっと話が逸れた。

ところでミュージカルを観るために、福岡県の地方都市に住んでいるわたしは、普段は博多や天神に出ることが多い。
が、なんとそのときの舞台はほぼ地元と呼べるホールで観ることができた。

そのかわりというか、公演は2日間のみだ。
メインの(博多とか天神とか)公演のおまけ的な感がなくもないが、いや贅沢は言うまい。
ほぼ地元のホール、よくやった!

よし、ほぼ地元なことだし、チケットは直接ホールで取ることにしよう。
なんといっても現場だし。さぞ早く取れるに違いない。

ホールは会議室の貸し出しなども行っており、仕事で何度か使ったことがあった。
あるていど勝手を知っている。
それがわたしがホールでチケットを取ることを選んだ理由のひとつでもあったのだが。
このとき、わたしは己の選択ミスにまったく気づいていなかった。

チケット取りは戦い。だがこみ上げる嫌な予感

チケット発売日当日。
わたしは発売時間の30分前にホールに着いた。
ちょっと早かっただろうか。おまえ気合い入りすぎやろ、とホールのスタッフに思われるだろうか。いやいや、戦いはもう始まっている。

チケット売り場の受付のカウンターにカードが立てかけられていた。
『ミュージカルのチケットをご希望のかたはお知らせください、整理券をお渡しします。10時になりましたら順番にご案内します』

整理券?
番号順に案内?
奥にいたスタッフにチケット希望の旨を告げると『5』と書かれた札を渡された。
一緒に渡された申込書への記入を行う。

嫌な予感がわたしの背中を走った。
そして往々にして嫌な予感ほど的中するものだ。

そわそわしながら発売開始時間を待つ。
やがて10時になり、フロアにスタッフの女性の声が響く。
「それでは今からご案内します。番号札1番のお客様あ」
ひとりの女性がしずしずとカウンターに向かう。

パソコンの前にスタッフがひとり座り、女性となにやら話しながら座席表を指し示している。やりとりの内容は、取れるお席はこちらですね、といったところだろうか。
楽しそうな笑い声が、ソファで順番待ちをしているわたしのところまで届いてくる。

2番が呼ばれる気配はまったくない。
嗚呼、予感は当たった。これはひとりずつしか呼ばれないのだ。1番の女性が座席を選んでチケットを取るまで、2番が呼ばれることはないのだ。
いわんや5番の出番はいつ……。

嫌な予感は当たった。いつになったら呼ばれるのか

繰り返しになるが、人気の公演のチケット取りといえば戦いだ。まごうことなき争奪戦だ。いまこの瞬間も近在のミュージカルファンが必死の形相でパソコンのキーを叩いている。あるいは電話をかけている。
少しでもいい席で舞台を観るためにだ。

なのになぜ、わたしはソファでじりじりしながら座っていることしかできないのか。
わたしは己の失策を悔やんだ。

受付カウンターはパソコンに向かってチケットを取っているスタッフの他に2名のスタッフがいる。
その2人は笑みを浮かべて立っているだけだ。とても暇そうだ。
嗚呼なぜキミらはチケットを取ってはくれないのか。せめてパソコンがもう1台あれば、2倍の早さで仕事が回るだろうに。

3人のスタッフの後ろには、上司らしいやや年配のスタッフがひとり。
スタッフの仕事振りを監督でもしているのだろうか。
どう見ても手持ちぶさたに立っているようにしか見えず、じりじりしながら待っているわたしの苛立ちを倍増させる。

1番の女性がようやく席を決めたらしい。1歩横にずれた。
立っていた(だけの)スタッフがチケットの発券手続きに入ったようだ。

そうか、そういう役割分担か。チケットを取る係、チケットを発券する係か。
ではもうひとりのスタッフは? 後ろで立っている上司らしき人は?
一度効率というものについて話を聞かせてもらっていいかな?

スタッフが番号札2番を読み上げる。
「番号札2番でお待ちのお客様あ」
ソファには順番待ちをしているらしい人がちらほらいたが、その声に反応して立ち上がる人はいない。
「番号札2番でお待ちのお客様はいらっしゃいませんかあ」

いないんだよ、きっとどっか行ったんだよ。次にいっていいんじゃないかな。
「番号札2番のかた、いらっしゃいませんか。では飛ばさせていただきます。番号札3番のお客様あ」
またひとり、カウンターに近寄っていく。
(関係ないが「飛ばさせていただきます」というのは、敬語表現としてはどうなんだろう)

ひとり順番が飛んだのはラッキーだったが、それにしても時間がかかりすぎている。
わたしは腕時計とカウンターを交互に見る。
時計は10時10分過ぎを指している。

あああ、とわたしは絶望の声を胸の内で上げる。
発売開始時刻から10分経過、それなのにまだチケットをゲットできていない。それはすでにこの戦いでの敗北を示している。(注 個人の感想です)

戦いの勝者はすでに歓喜の叫びを上げているはずだ。チケットを手に、あるいはゲットした座席の表示を前に、わたしたちチケット取りの敗者を見下ろしながら高笑いをしているのだ。(注 個人の妄想です)

わたしは恨めしくカウンターを見ている。
傍目にはさぞかしひきつった顔に映っていたことだろう。
やがて4番の人が呼ばれる。

わたしはじっと座っていることができず、立ち上がってカウンターのそばに寄った。
カウンターに置かれている案内のチラシを見ているふりをする。
まだか、まだかまだかまだ終わらないのか、4番!
ようやく4番の人が終わる。

まだかまだかまだなのか

つきつけられる敗北

やっと5番か! さあ呼ぶがいい、5番のわたしを!
「番号札2番でお待ちのお客様あ」
なぜ戻る!

思わず呼び上げをしていたスタッフをガン見したわたしに罪はない、と思う。
スタッフはわたしの視線からふいと目をそらした。
2番の呼び上げに反応する人はやはりいない。

「では5番でお待ちのお客様」
この15分ほどの間にわたしはすでに疲れ果てていた。よろりとカウンターへ向かう。
パソコンに向かった女性はわたしに笑みを向ける。
「S席3枚のお求めですね」
わたしはうなずく。
「あいにくほとんどの席がすでに埋まっているのですが」

そうでしょうね、1番のお客様あ、とか言ってるあいだにどんどん埋まっていったんじゃないですか。
「おひとり、お2人の席ならまだいくつかあるのですが、3人並びのお席は1階にはもうございませんね」
そうですか、2番でお待ちのお客様はいらっしゃいませんか、2番でお待ちのかた、とか言ってるあいだに以下略。

空いていたのは2階席の真ん中あたりと3階席の最前列。あまり悩んでいてはわたしの後で待っている人に悪い。
わたしは3階席を選んでスタッフに告げた。

発券手続きはパソコンの前に座ったスタッフの隣に立っているスタッフ。
やはりこのスタッフは発券専門のよう。

わたしの席が決まったので、6番の人が呼ばれている。カードが使えるかどうかと問い合わせをしているようだ。
発券手続き専門のスタッフの隣には、ホール内説明担当だったらしいスタッフ。少し前まで館内の案内をしていたようだが、それが済んだいまはやはり立ったままだ。

さらにその後ろには上司らしい年配のスタッフ。さっきからずっと立ったままだ。
今度膝つめで効率というものについて以下略。

わたしはチケットを受け取り、代金を払い、払い戻しはできないという説明にうなずいた。ソファにはまだ何人か順番待ちをしているらしき人たちがいる。

わたしは敗戦仲間を見る目で彼らを見、そしてホールを後にした。
ミュージカルのチケットをありがとう。ここのホールは新しくて綺麗だし、またここで舞台を観る機会もあるでしょう。
でももう2度とここでチケットは取らない。

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