
会社の玄関で
会社がわりあい駅や繁華街に近いところにあったので、時折トラブルというか、ちょっとした事件が起こった。
以前会社の駐車場で起こった出来事を書いたことがある。詳しくは『仕事編』の『事件は駐車場で起こっている』をお読みいただきたい。宣伝でした。
今回は会社の玄関で起こった話。
会社の正面玄関は、入り口までに3段ほどの階段がある。建物と同じくコンクリート製だ。ここでなにが起こるかというと、階段に若人が座りこむ。おしゃべりをするし、時には食事をしている。
近くには川が流れていて、川沿いには木陰があり、木製のベンチが設置されている。座るなら断然そちらのほうが尻に優しいと思うのだが、なぜか彼らは会社の玄関前に座る。
社員は裏口を使うことがほとんどだが、正面玄関というくらいだから、普通に来客が出入りする。
座りこまれたり、食べ物のゴミを散らかしたりされるとあたりまえだが非常に困る。
というわけで、座りこんでいる若人を見かけるたびに注意しに行くことになる。
会社の玄関はガラス扉なので、座りこんでいるのは社内からでもすぐわかる。
ヘタれにはなかなかに厳しい任務

ヘタれには厳しい
だがしかし、わたしはヘタれを自認しているので、この『注意する』というのがかなり苦手だ。
一度、高校生くらいの男子数人が玄関に座りこんでいるのを上司が注意しに行ったことがあった。
上司もわりと頭に血が上っていたのか「ここに座りこむな」と少々きつめの口調で注意していた。
男子数人はすぐに玄関前から離れたのだが、去り際に「オヤジ狩りに気をつけろよ」と捨てゼリフを叫んでいた。
上司は怒っていたが、端で聞いていたわたしは青ざめた。
無理だ。わたしにはアレを真似することはできない。
だが会社の玄関前に座っているのを見過ごすこともできない。どうにかわたしにもできる注意の仕方はないものかと試行錯誤した結果『笑顔で優しく下から言う』という方法に落ち着いた。
まず玄関扉(内開き)をそっと開ける。背中を向けて座っている若人たちは扉が開いた音に驚いて振り返る。ので、とりあえずにこやかに笑う。そして穏やかに言う。
「ごめんねえ、ここは会社の玄関前だから、座らないでもらえるかな?」
ヘタれなわたしにはこれが精一杯だ。
注意されても座り続ける強心臓の若人はほぼいない。(ゼロではない)
大抵は気まずそうに会釈だか首振りだかよくわからない仕草をして立ち上がる。
彼らが立ち上がったときに、再度「ごめんねえ」と見送る。
これでなんとか乗り切った。
面白いのだが、座っているのが同性同士の場合、男子同士とか女子同士とかだが、その場合は、ほぼ例外なく会釈して立ち上がるパターンになる。
会釈しないまでも慌てて立ち上がって去って行く。
これがなぜかカップルになると、片方は会釈して立ち上がるが、もう片方はこちらを睨んでくるという両極端な反応になる。男子が会釈すれば女子は睨んでくるし、女子が慌てて立ち上がれば、男子は顎をしゃくってこちらを見てくる。
あれはどういう心理状態なんだろうか、不思議だ。カップル心理に詳しい人がいたら教えて欲しい。
そんなある日の出来事

またもや座り込みが、と思ったら
そんなある日、その日も玄関前で4、5人の若人が座りこんでいた。男女混合だ。
今日は人数が多いな、とわたしは思った。おまけに長期休みでもない平日の午後だ。
キミらよ、学校はどうしたのだ。
玄関まで近づいていくあいだに、座りこんだ彼らに2人の女性が話しかけるのが見えた。
2人ともやや年配だ。話しかけるその様子からおそらく補導員のような人たちだろうと推測できた。
玄関を開けると、その場にいた補導員らしき人も含めて、全員の視線がわたしに向いた。ちょっとびびる。
補導員らしき人は、ここが会社の玄関だと気づいてか、申し訳なさそうな顔になった。
若人らは揃ってきつい表情だ。
「すみません、ここは会社の玄関前なので」
補導員らしき人は、すみません、と慌てて彼らを立ち上がらせた。離れた場所に彼らを誘導していく。話の続きを聞くのだろう。
彼らの背中を見送って、わたしは玄関扉をそっと閉じた。
この玄関前の階段、そろそろスロープに変えたほうがいいんじゃないかな、と思いながら。