
実家に猫がいる事情
実家には、わたしが愛してやまないオスのトラ猫がいた。
それまで猫を飼ったことがない、どころか20年以上人間以外の生き物はいなかった家だが、ある日突然猫がやってきた。
なぜか。実家に同居していたオイツーが連れてきたのだ。
実家はわたしと両親の3人暮らしだったのだが、これまたある日突然オイツーが加わることになった。
ちなみにオイツーとは2番目の甥という意味だ。
当時中学生だったオイツーが、なぜ母親(わたしにとっては姉)の実家で祖父母とオバ(わたしのことだ)と一緒に住むことになったのか。
特別な事情があったわけではまったくない。彼がいうには、自宅に自分の個室がないので勉強に集中するための部屋が欲しかったということらしいが、その後の彼の行動を見るに、遠慮なく彼女を連れこめる部屋が欲しかったとしか思えない。
それはともかくとして、ある日オイツーが手のひらサイズの子猫と一緒に帰ってきた。
どうしたのかと聞くと、彼女がもらったか拾ったかしたという。
オイツーの彼女がもらったんだか拾ったんだかの猫がなぜウチにいるのかと問うと、彼女から預かったという。
彼女が自分の親を説得するまでウチに置いてくれということらしい。
彼女から頼まれたという理由で、20年以上も動物がいなかった家にいきなり事後承諾で猫を連れてくるあたり、彼の性格をよく表している。
とはいえ、手のひらサイズの猫の愛らしさは反則ものだった。
いまにして思えば、あれがアイラブ猫道まっしぐらの始まりだった。

アイラブ猫!
みゅうの話
名前はと聞けば、みゅーと彼女が名付けたという。
オスの名前にしてはえらくかわいいし、オイツーの発音ではみゅーだかみゅうだかわからなかったが、反対することでもないし、とりあえずみゅうということにした。
新参者の猫に当初親はいい顔をしなかったが、わたし同様めろめろになるのに時間はかからなかった。
みゅうは子猫の頃はウチとオイツーの彼女のところを行ったり来たりしていた。
オイツーが連れて行ったり連れて帰ったりしていたのだ。
だからみゅうの子猫の頃の記憶はあまりない。
その頃、わたしはすでに猫にめろめろだったが、あまり思い入れないよう努力していた。
いずれオイツーが彼女の家に連れて行ってしまうのだ。
情が移っては(あっという間に移っていたが)別れるときに辛くなる。
そう思ってあまり構わないように気をつけていたのに、子猫がしだいに大きくなり、手のひらサイズだったのがすくすくすくすく育って、オイツーの部屋どころか家の中じゅうを駆け回るようになり、家族が甘やかしてエサやおやつを与えたために猫とは思えないサイズになり、抱き上げるたびに、重っ、と呻くくらいになってもみゅうはウチにいた。
なぜかいつまでもいる(ただしすでにめろめろ)

なぜかいつまでもいる
子猫の頃のおもかげを探すのが難しいくらいにふてぶてしくもでかくなったみゅうを見てわたしは思った。もうよかろう、と。
オイツーの彼女は猫を連れて帰る気はなくなったに違いない。
というか、これを連れて帰るくらいなら新しく子猫を飼うだろう。わたしならそうする。
ずしりと重いみゅうを抱えて、わたしはようやく、ウチの子、といった。
ワクチンも打ったし去勢手術もした。もし今から連れていくというなら手術代とワクチン代を盾に抵抗してやるとせこく心に決めたが、実行に移す必要はなかった。
オイツーの彼女は、ときどきウチに来ては、大きくなった猫と遊ぶことで満足しているように見えた。
母は、オイツーの彼女が遊びに来るたびに、はい、と猫を抱き上げて渡し、彼女は、わあこんなに大きくなって、子猫の頃のみゅうからは想像できない、と喜んでいたらしい。
心のどこかに、この猫は預かりもの、という気持ちがなかったといえば嘘になる。
オス猫のせいかケンカはよくするし、狩りもよくする。しょっちゅうケガをするし顔や体に傷痕がいくつもある。
何度も病院に連れて行ったし、薬を飲ませるのにえらい目にもあった。
この顔と体(ついでに攻撃的な性格)を見てかわいいと思うのは身内だけだろうとわかってはいたが、いつかみゅうを返してくれと言われそうな気がしていた。
がある日、事態は収まるべきところに収まった。
そして完全に我が家の猫に(由来を聞かれるとちょっと困る)

ウチの子!
その日、オイツーの彼女がウチに遊びに来ていたらしい。
彼女を玄関先で見送ったらしい母が、焦った顔で茶の間に入ってきた。
「オイツー(母にとっては孫だが、まぎらわしいのでオイツーで統一する)の、オイツーの彼女が入れ替わってる!」
母によると、彼女が帰りぎわ、見送りがてらいつものように、はい、と猫を渡したらしい。
オイツーの彼女は猫を抱き取り、
「わあ大きい猫ですね。男の子ですか、女の子ですか?」
と聞いたそうだ。
そのときにようやく母は気づいたという。
「なんだか最近急に彼女の背が高くなったと思ったのよね」
母よ、いつもあいさつしたり見送りしたりしているんだから、孫の彼女が別人になっていたら気づけ。
それに成長期を過ぎた女子の身長はいきなり伸びたりはしないぞ。
彼氏の家に来たらいきなり彼祖母に猫を渡された彼女がどう思ったかも気になるが、その場面に居合わせたオイツーがそのときどんな顔をしていたのかが非常に気になる。
少々話がずれた。
いいたいことは、元カレに猫をよこせとは言うまい、ということだ。
これでキミは完全にウチの子だ。
すっかりおじさんになったでかいトラ猫は、実家で気ままに過ごしていた。
少しばかり困ることは、猫の話の流れで、
「名前はなんていうの?」
「みゅう」
「沖端さんがつけたの?」
「違う。甥っ子の元カノ」
となったときに、相手が決まって奇妙な顔になることだ。
長くなるけど、説明聞く?