
器量の悪い女性でも、年ごろになれば、娘らしい魅力や色気が出てくること。みにくい鬼の娘でも、年ごろになれば色気も出て娘らしくなるし、粗末な番茶でも湯を注いだばかりの一番茶は、香りがよくておいしいという意から── 新明解故事ことわざ辞典
通りすがりにブスと呼ばれた

今なんつった
あなたは通りすがりの人にブスと言われたことはありますか。
わたしはあります。
そう、あれはわたしが20才だったか21才だったかという頃でした。
鬼でも美しいといわれるはずの18才と比べてもちょっとしか違わない20才(だったか21才だったか)だというのに、なぜわたしは通りすがりの男にブスと呼ばれているんでしょうねえ。
世の中の無情を感じます。ことわざのタイトルを『諸行無常』に変えたほうがいいでしょうか。
え、どんな話か気になりますか? そうですよね、気になりますよね。
まあまあ、先を急いでいるなんて、そんなこと言わないでくださいよ。
では聞いていただきましょう、わたしのエコエコアザラクなお話を。
その頃とある資格取得の勉強をしていまして、その日は日曜でしたが、試験日だったんです。
試験会場へ行くために電車に乗る必要があったので、駅へ行ったんですね。
その頃は原付に乗っていました。
今はないんですが、当時は駅の近くに無料の駐輪場があったんです。なんせ無料ですからね、何台もの自転車や原付が止まっていました。
空いているスペースに原付を止めて、さあ駅に向かおうと思ったときです。
後ろから声をかけられたんですね。若い男の声でした。
「おい、ブス」
それはわたしに言っているのか
この呼びかけはもしやわたしに向けてのものですか?
わたしは首を動かさずに見ることのできる限界まで眼球を動かして周囲を確認しました。
周囲にはわたしと後ろから聞こえる声の主以外に人は見当たりません。
だがしかし、ブスと呼ばれて返事をする女性がいるだろうか、いやいない。(反語)
わたしは声の主を無視して歩いて行こうとしました。ですが、声はさらに続きます。
「おい、ブス。ブスって言ってるだろうが、おまえだよ、おまえ」
わたしか、わたしに言っているのか!
わたしは怒りの表情で振り返りました。
20代半ばくらいの若い男が立っていました。当時のわたしとさほど変わらない年齢ですね。上下灰色(グレイというおしゃれな表現をしたくない)のスウェットを着ていました。
水もしたたる松村雄基のようなイケメンならともかく、なぜフードのないメガネをかけたねずみ男のような男にブス呼ばわりされないといけないのでょうか。この世の試練が多すぎる。
ねずみ男(フードなしメガネあり)はわたしに言います。
「どこに原付止めてるんだよ、おまえは」
どこって駅前の無料駐輪場ですけどねえ。
温厚だと自認しているが怒るときは怒る

一体なにが言いたいんだ
ねずみ男(フードなしメガネあり)の話はよくわからないものでした。
わたしが駐輪場に原付を止めたのが気に入らないようですが、なぜそれが気に入らないのかすらわかりません。
ねずみ男の家から駐輪場が見えるらしいのがなんの関わりがあるのでしょうか?
それにしても暴言の端々に『ブス』と入れるのはなぜですか?
さすがに温厚だと自認しているわたしでも腹が立ちました。
ちょっとした言い合いになったのですが、そのときひとりの年配の女性がやってきました。
どうやらねずみ男の母親のようです。
ねずみ男とわたしが言い合っているのに気づいたので来たようです。
「なにやってるの、あんたは」とねずみ男に言います。
ねずみ男は、この女がどうとか、なにやらが気に入らないとか母親に言い募っていました
が、これがまたなにを言いたいのかさっぱりわかりません。
年配の女性がわたしに「なにがあったんですか」と聞いてきました。
どうやら母親にもねずみ男がなにを言いたいかわからないようです。ですよねー。
ですけどねえ、それを言いたいのはわたしのほうですよ、まったくのところ。
わたしもちょっと頭に血が上っていたものですから「その人にめちゃくちゃなことを言われたんですよ!」とか女性に訴えてしまいました。
女性に言ってもしかたないことでしたよね、反省です。
相手をするに及ばず
ねずみ男は、なんだと、とか怒鳴ってましたけど、母親になだめられていましたよ。
わたしはそのままその場を離れました。
これ以上相手をしていられませんから。
ねずみ男に呼び止められたせいで、すでに電車を1本乗り過ごしていたんです。
ここは田舎ですからね、1本乗り過ごすと、次の電車まで30分待たないといけないんですよ。
余裕を持って家を出たので次の電車でもなんとか間に合いますが、次の電車だと試験にぎりぎりです。
そうです、今日は試験日だったんですよ。なぜ試験日当日にわたしはこんなに頭に血を上らせているのでしょうか。
わたしは憤然としながらも駅に向かって走りました。
試験の結果ですか?
ええ、なんとか受かりました。自分を褒めていいですかね。
あれでもし落ちてでもいたら、ねずみ男の家に向けて『エコエコアザラク』と100回は呟いていましたね。