
りっちゃん

小学生の頃の話
小学生の頃、りっちゃんという友だちがいた。りっちゃんの家は実家の近所で、自転車で5分ほどの彼女の家へ、わたしはよく遊びに行っていた。
りっちゃんとは同い年だったが、わたしより背が高いりっちゃんはお姉ちゃんのような雰囲気があった。
りっちゃんの家からは、船着き場がよく見えた。船着き場には漁業をしていた父の船もあったので、りっちゃんの家を思い出すと、セットで船着き場や父の船の徳栄丸を思い出す。
わたしの家で遊ぶよりも、りっちゃんの家で遊ぶことが多かったように思う。
なぜなら、りっちゃんの家は敷地が広く、庭も広く、そしてりっちゃんの部屋も広かったからだ。
子どもの頃、わたしは自宅に個室を持っていなかったので、りっちゃんの広い個室がとても羨ましかった。
りっちゃんの家に遊びに行くたびに、こんな広い自分の部屋を持っているなんて、部屋に机やベッドがあるなんていいなあ、と思っていた。
りっちゃんの転校

りっちゃんの転校は悲しかった
何年生になったときだったろうか、りっちゃんが転校することになった。
わたしはびっくりだ。
その頃わたしの父は漁業をしていたが、近所には同じような仕事をしている家が多かった。
会社員ではないので、お父さんが転勤になったから一家で引っ越し、ということが周囲にはあまり、というかほぼなかった。
わたし自身、転校をした経験はない。
友だちが転校していったというのは、りっちゃんが最初で最後だ。
りっちゃんが引っ越して転校することになった理由はわからない。
わたしがどれほど驚いて寂しがったところでりっちゃんの転校が取りやめになるわけもなく、わたしは泣いてりっちゃんとお別れをした。
りっちゃんの家は住む人がいなくなった。
通りがかるたびに見ていたりっちゃんの家と庭は、人の姿がなくなったからか、前よりも広く見えた。
りっちゃんとの文通
引っ越していったりっちゃんとはときどき文通をしていた。(おお、時代だ)
ある日りっちゃんが住んでいた家の前を通りがかったとき、家が壊されているのを知った。
りっちゃんがいなくなっても、りっちゃんの家はずっとそのまま残されるとなぜか思いこんでいたので、とても驚いた。
りっちゃんの家がなくなった、とショックだった。
その日わたしはりっちゃんに手紙を書き、りっちゃんの家が壊されてたよ、すごくびっくりした、と書いた。
今から思えばなんてお馬鹿な子どもだろう。りっちゃんにそれを言ってどうする。
そんなこと教えられてもりっちゃんだって困るだろうに。
りっちゃんからどんな返事が来たのか、それとも来なかったのか、わたしは覚えていない。
りっちゃんが住んでいた家があった場所には、今は何軒かのおしゃれな家が建っている。
実をいえば、りっちゃんの家があった場所はぼんやりとしか覚えていない。
たしかこのあたり、というていどだ。
りっちゃんとの文通はいつの間にか終わってしまった。
りっちゃんの家に遊びに行くのが好きだったことは覚えている。