
制服の話
思えばずいぶん長い間制服を身に着けていた。
中学と高校、そのあとの専門学校とバイト生活をしている期間は私服だったからはぶくとして、会社に入ってからも制服だ。
当然だが会社に入ってからが一番長く制服を着ている。
もちろん学校や会社にいる間しか制服を着ていないが、1日24時間のうち8時間は着ているわけだから、今までの人生で制服を着ていた期間を通算すると10年以上は余裕で着ていたことになる。
というわけで制服にまつわる出来事について少し触れてみようと思う。
中学・高校の制服について

地味な改造をしていたよ
中学の制服は紺のセーラー服だった。制服自体は特筆することはない、ごく普通のセーラー服だ。それでもなんとか違いを作ろうとするのが少女たちなのか、リボンというか三角タイというのか、結びかたにやけにこだわっていた。
背中側の衿からリボンを三角に垂らしていたら彼氏募集中とかいうのもあった気がする。
リボンの形にもこだわりがあり、上級生や派手な子ほどリボンの足(足?)を短くしていた。
派手な上級生になると、セーラーの衿からリボンが数センチくらいしか見えていない。
リボンしてます? と聞きたくなるほど。当時はあれが格好良く見えたのだから、流行って謎だ。
高校になると今度はブレザーになった。
制服は改造したくなるものなのか、これまた上級生や派手な子ほど制服の形を変えていた。
ブレザーは細く短く。プリーツのスカートはできるだけ長く。長くというところが時代だ。
学校指定ではないブラウスを着て、ネクタイは細くする。それが当時のイケてる子だった。
わたしがしていたのはせいぜいネクタイを細くするくらいだったなあ。
たいがいいい年になった当時の同級生たちは、その頃の自分の写真を見返すことはあるのだろうか。見たらどう思うのだろう。
あら、こんな頃もあったわねと懐かしく思うのか。それとも誰にも見られないようにアルバムを封印するのか。ちょっと聞いてみたい。
会社の制服に着替えたら

制服の信用度がときどき辛い
会社に入社したら、今度は会社の制服を身につけるようになった。
ジャケットにベストにタイトスカートという、ごく一般的なものだ。
あまりにも一般的だからか、制服で買い物をしたときにときどきその店の店員に間違われた。
デパートに会社で使う社員の湯飲みを買いに行ったときだったと思う。
どれがいいかな、と湯飲みを見比べて選んでいた。
わたしから数メートル離れている別の商品の売り場に親子連れがいた。
平日のことであまり客の姿がなかったからか、親子の会話がわたしに聞こえてくる。
お母さんが小さい息子になにやら商品を持たせている。
「ほら、それ持ってあの人に聞いてきなさい」
あの人、と示す指の先にいるのはわたしだ。
なにを聞きたいのか。金額か、色やサイズ違いの商品がないかとかか。
いやいやわたしに聞かれてもわかりませんから。
わたしは店員さんじゃありませんから。だからお母さん、息子をけしかけるのはやめてあげて。
制服の信用度は高い
仕事中にちょっとした外出をすることはよくあった。
仕事で入り用なものを買いに行ったり、郵便局や役所へ行ったり。
そんなときになにが起こるかというと、よく道を聞かれる。
制服を着ているからにはこのあたりの会社に勤務しているんだろう、それならこのあたりの地理にも詳しいだろう、と考えるのもあるのだろうが。
制服自体に信用があるというのもあるだろう。制服を着ているというだけで、会社勤めをしているイコール信用できる人、という考えを持ってしまうのかもしれない。
それはわからないでもない。制服には、なんとなくそう思わせてしまう力がある。
わたしだって知らない人に道を聞くなら、とげとげがついた革ジャンを着ている人よりスーツを着ている人がいい。
それはわかる。わかるがしかしだ。
あなたは知るよしもないだろうが、わたしは地理音痴プラスの方向音痴だ。
生まれ育った地元でもいまだに迷うくらいだ。
いわんや勤務地だからといって、必ずしも地理に詳しいわけではない、自慢じゃないが。
道を歩く人が、ふいにわたしに目を留める。わざわざ道路を横断してわたしに近づいてくる。
緊張がわたしの身に走る。
視線はわたしに向いている。キャッチセールスではないなら道を聞きたいのだろう。
制服を着て歩いている以上、すみません、このあたりにはあまり詳しくないんです、という言葉を出すのは辛い。かなり辛い。え、という表情をされるのも辛い。
だからわたしは祈る。
どうかわたしが知っている場所でありますようにと。
制服の信用度がときどき重い。