
真実を知れば、心配したり、悲しんだり、腹を立てたりして穏やかではいられないが、知らずにいれば仏のような平静な心でいられるということ。また、当人だけが知らないで平気でいることをあざけったり冷やかしたりするときにもいう── 新明解故事ことわざ辞典
はっちゃけていた当時の飲み会

いろいろすごかったよその頃は
わたしが20代の頃の話だ。
前にも書いたことがあるが、当時は会社の飲み会はわりとはっちゃけていた。
一気コールとか、飲み会を盛り上げるための歌とか、あたりまえにあった。
上司の中には「酔いつぶれるまで飲んでこそ一人前」とかめちゃくちゃなことを言っていた人もいた。
その頃は一気飲みをやらされることのない自分の性別に感謝したものだ。
飲み会ははっちゃけてはいたが、幸いなことに救急車が来たことはない、はずだ。
少なくともわたしは知らない。
長年お世話になった会社の名誉にためにいっておくと、大半の人は至極まともだった。
一部とんでも親父がいたということだ。
なら沖端が飲み会でつぶれたことはないかといえば、そんなこともない。
酒量の限界を知るなら早いうちがいいだろうと思ったのも少しはあるが、20代の頃は何度かつぶれた。
そういえば30代に入ってからもつぶれた記憶がある。ああ、黒歴史を思い出してしまった。詳しく知りたいという物好きな人がいるかどうかはわからないが、そういう変わった趣味のかたは『本日のことわざ』の『過ぎたるは猶及ばざるがごとし』をお読みいただければと思う。
酒量の限界に挑んでしまった
さて、そういうわけで20代の頃は何度か酒量の限界に挑んだことがあった。
今に至るまで、記憶をなくしたことも帰宅途中で倒れたこともないので、念のために書いておこう。わたしも自分の評判がかわいい。
そのときもなんとか家には帰宅した。その頃は実家に住んでいた。
たしか飲み会の翌日は休日だったと思う。それもあっての『限界に挑戦』だったのだが。
家に帰った安心感からか、一気に酒が回った。
なんとかシャワーを浴びて、ベッドに転がった。と思う。
翌日は、そりゃもう見事な二日酔いになっていた。
頭はずきずきがんがんだし、胸はむかついているし、ベッドの中で身動きするたびに胃からなにかがせり上がってくる。
これが二日酔いか、とわたしは思った。
それまでも軽い二日酔いは経験していたと思うが、そのときが一番ひどかった。
せっかくの休日だというのにベッドから出ることもできない。
まあ基本が引きこもりなので、たとえ元気でも部屋から出ることはめったにないが。
心配する母

む、胸が痛い……
昼を過ぎてもわたしが起きてこないからか、母が部屋へ様子を見にきた。
心配する母を、最初はごまかそうとした。
ひどい二日酔いになったと知ったらいろいろ文句を言われそうだからだ。
ただでさえ気分が悪いのに、母の説教まで聞きたくない。
ちょっと具合が悪くて、とかなんとか言ったと思う。
が、ここで母から返ってきた反応はわたしの予想外だった。
わたしの顔色が悪かったからだろうか。
「具合悪いと? 風邪引いたとね?」
母はわたしが風邪を引いたと思ったらしい。
熱を計ったり、布団を直したりする。
急な吐き気を我慢できなくなったわたしが口を押さえてトイレへ駆けこんだら、母は後をついてきて、便器の前でうずくまるわたしの背中を撫でてくれる。
じわじわとわたしの胸を上ってきたのは新たな吐き気だったのか罪悪感だったのか。
トイレから戻ったわたしをベッドに寝かせて、母はわたしの体に布団をかける。
「ゆっくり寝とかんね。おかゆ作ってくるけんね」
頭はまだ痛かったが、それよりもっと胸が痛かった。
ああごめんなさい、もうこんな無茶な飲みかたはしません、多分。
そして二日酔いだということはバレないようにしよう。
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