白雪姫の寝顔はキス待ち顔なのか

寝不足

ある日の通勤電車で

ある日の夕方、その日もわたしは疲れた体で電車に乗っていた。
地方の私鉄とはいえ、通勤時間帯に座れるほどには空いていない。
わたしは定位置にしている扉の前にいつものように陣取った。

ここなら扉に体を預けることができるので、立っているだけより楽なのだ。
あとは駅に電車が止まる寸前にすばやく体を起こせばいい。そのタイミングだけは気をつけて見計らわなければ。

以前扉に体をもたせかけたままうとうとしてしまって、駅に到着したことにも気づかずにいたのだが、背中で扉が開き始めてびっくりして体を起こしたことがある。

危なかった、あと少しでホームに転げ落ちるところだったよ。そんなこともあったね。
そしてわたしはいつものようにバッグから本を取り出した。

キス待ち顔で眠っているお姉さん

寝顔から目が離せない

『彼女』の姿が目に入ったのはそのときだ。
習慣で本は開いたものの、目は『彼女』から離れない。

その電車は、壁に沿うようにして長いシートが設置されているタイプだった。
扉のそばに立っているわたしからは、シートの端に座っている女性の顔がよく見えた。

若い女性だった。20代半ばくらいか。
やはり疲れているのだろう、ぐっすりと寝込んでいる。
繰り返すが、彼女の顔はよく見えた。なぜならば彼女は顔を上向きにして眠っていたからだ。
あごをのけぞらせるようにして眠る彼女は、完全に眠っているようなのに、軽く唇を尖らせている。

羨ま、いやいや、その顔はマズいです

白雪姫の寝顔ってキス待ち顔?

こ、これは、いわゆるキス待ち顔というヤツでは。
寝顔がキス待ち顔……。
なんて羨ま、いやいや、お姉さん、その顔はまずい、まずいです。こんな顔を無防備にさらしていたら、不埒な輩がふらふらと引き寄せられるかもしれません。
電車から降りるどさくさに紛れてなにをされるかわかりませんよ。

お姉さんの顔を乗客から隠すように、さりげなく立ち位置を修正する。
それにしても、顔が上向きになっているのに唇が開かないなんてすごいわ。
わたしくらいになると顔の筋肉も衰えてくるから、普通に寝ていても口が半開きになってしまい、おそらくすごく間の抜けた顔になっている。

その昔、少女マンガのヒロインにどれだけ憧れたことだろう。
彼女たちは具合が悪くなって運ばれた保健室で眠っているだけで、こっそり様子を見に来たイケメンヒーローをときめかせたものだ。
普段はぶっきらぼうなヒーローが思わず頬を染めるような、そんな可愛い寝顔に憧れて、ええ、こっそり練習しましたねえ。
そんな頃もありました。これ以上は素面では言えませんが。

お姉さんはその後、む、と顔をしかめたのちに、かくりと顔をうつむかせたので、わたしは安心して電車を降りましたとさ。

タイトルとURLをコピーしました