
人はみな限りない輪回の中に生きている。この世でのちょっとした出会いも、一見偶然のようでいて、実はながい輪回のなかで何かしらの縁があってのことなのだ、ということ。 ── 新明解故事ことわざ辞典
「袖すり合うも多生の縁」「袖の振り合わせも多生の縁」ともいう。「他生」とも書く
朝の通勤路での話
その当時使っていた通勤路には、途中に線路沿いの道があった。
線路沿いにはフェンスが据えられていたが、フェンスに沿うように、膝上の高さくらいまでの草が繁っていた。
草は猫じゃらしに似ているようにも見えるが、あいにくわたしには正確な名前がわからない。
普段の光景であり、その日の朝も、猫じゃらしに似た草を横目に見ながら通勤していた。
前方からひとりの老婦人が歩いてきた。70代後半か80代くらいに見える。
老婦人は駅に向かって歩いているようだったが、ふと線路沿いの草に目を留めた。
老婦人の行動が目を引いた
そして、笑みを浮かべて猫じゃらしに似た草を2、3本引き抜いた。
手に持って軽く揺らしている。
学校帰りの小学生がやりそうな仕草で、あの年代の女性がするのは珍しい。
なんとなく老婦人を見ていると、ふとこちらを見た老婦人と目が合った。
途端、老婦人が満面の笑顔になった。まるで1年ぶりに田舎を訪れた孫を見るような笑みだ。
満面の笑みは確かにわたしに向けられている。
え、え、知らない人だよね?
老婦人は小走りにわたしに駆け寄り、手にした猫じゃらしに似た草をわたしに見せるように捧げた。
老婦人ににこやかに話しかけられる
え、え?
戸惑うわたしに老婦人はにこにこと話しかけてくる。
「懐かしいわ。この草、昔食べてたのよ。胃が痛くなったときとか。これ、○○(聞き取れなかった)っていう名前なのよ、知らないでしょう」
「は、はあ」
「懐かしくて、つい取っちゃった」
それだけ言うと、じゃあ、と老婦人は草を手に駅に向かって再び歩いて行く。
後に残ったのは、ぽかんと老婦人を見送るわたしだけだ。
だがしかし、老婦人の邪気のない笑みと、少女のような仕草は可愛かった。
たいした反応もできなかったのが悔やまれる。今度また巡り合うことができたら、もっと話を聞きたいものだ。
美味しいお茶でも飲みながら、どうですか?

お茶でも飲みながら話をしましょう