
手術を受けた、その後の話
数年前に、人生初の手術を受けた。人生初にしては大がかりな手術だった。この話を詳しく書くとかなり長くなってしまうので『ヘタれ闘病日記』をお読みいただけると嬉しい。『ヘタれエッセイ』『それはわたし編』の『抜糸考』なんかもいいかなと思う。宣伝でした。
さて、幸いなことに現在は経過観察を行っているのみだ。わたしの病気は脳腫瘍で、手術を受けたのは脳なので、年に一度、手術を受けた病院へ脳のMRIを撮りにいき、執刀医だった先生から話を聞いている。このまま何事もなく年数を重ねていくことができるのを祈るばかりだ。
これは退院して自宅療養ののちなんとか社会復帰を遂げてしばらくしたくらいの話。
わたしは左の後頭部を切開しているのだが、手術痕は左耳の上から首のつけ根にかけて、ゆるい逆S字のカーブを描いている。このカーブの形がまた美しくて、これぞプロの業だなと思い、何度も書いたなこれ。だって本当に美しいんです。
ある日、なにやら後頭部の皮膚が突っ張った感じがするのに気がついた。
後頭部の、ちょうど手術痕のある皮膚の感覚がなにやらおかしい。
手で触れてみると、その部分の皮膚がわずかに盛り上がっている。盛り上がった皮膚の下はなんだか固い。
もしかして抜糸のときに取り損なった糸が一部残ってしまっていたのだろうかと思った。皮膚の下になにかが埋まっているような感覚だ。
子どもの頃に、木くずが手のひらに刺さってしまい、そのまま埋まってしまったときがちょうどこんな具合だった。木くずが埋まった箇所の手のひらの皮膚が突っ張って痛い。
木くずが埋まって取れないと母に泣きついたところ、母は先を炙った針で木くずが入っている箇所の手のひらを削り、ピンセットで木くずを取り出した。
助かったけど、田舎のおばちゃんっていろいろとワイルドだよなあ、と思う。
皮膚の下になにかがある

なんか尖っているものがあるんだよ
というわけで、取りそびれた糸が埋まっているのだろうかとわたしは考えた。
後頭部の皮膚が盛り上がっているところを指で探る。なにやら尖っているものが指先に触れる。なんとか指先で掴んで引っ張ってみるも指先がすべるだけで取ることができない
一度気になるとどんどん気になってきてしまう。
何度も触っているうちに、尖っているものは、皮膚から少しだけ顔を出したようだ。
爪の先に固いものが触れる。かりかりと掻いてみても、やはり取れない。
それからも何度か固いなにかを引っ張ってみようとしたけれど、どうやっても取ることはできなかった。
幸い、手術後しばらくは短いスパンで診てもらっていたので、病院での経過観察の日が近づいていた。
これは病院で相談しよう。こうなったら頼るのは医師だ。
訪れた経過観察の日、MRI検査を終え、(長い)待ち時間を経て、執刀医だった先生との面談をすることになった。
検査の結果は特に問題はなく、次の経過観察の日を待とうということになった。
だいたいの話が終わったところでわたしは先生に切り出した。
左の後頭部、手術痕の皮膚に違和感があります、と。
先生はわたしをそばに寄せて、わたしの後頭部を見る。
皮膚の下から出てきたものは

ちょろっと出てきてた
そして、糸がちょっと出てきているね、と言った。
そのときに初めて知ったのだが、わたしは頭の内側と外側の2箇所を縫っているということだった。頭の内側というのがどこを指すのかはよくわからない。
頭の内側は抜糸をする必要のない糸で縫っているそうで(そりゃそうだ)時間と共に体に吸収されていくそうなのだが、吸収される前のまだ固い糸が、皮膚の外側に出てきているのだという。
なんだ、この固いものは内側から出てきている糸だったのか、とわたしは納得した。
どうりで外から引っ張っても取れないはずだよ。よかった、力任せに取ろうとしなくて。
糸はちょっとだけ皮膚から顔を出していたので、それを切り取ってもらうことにした。
先生は小さなハサミでぱちんと糸を切り取る。
ほら取れたよ、と切った糸をわたしに見せてくれた。
先生の持つ小さいハサミの先に、半透明の細い糸がちょびっとだけあった。
糸は半透明だわちょびっとだけだわでよく見えない。
切ってもらってよかった。これで皮膚の違和感がなくなるね。
それにしても、よく見えないくらいの、こんなちょっぴりの糸をあんなに気にしていたのかと思うとなにやらおかしい。
「よく見えないですね」
安心したわたしは苦笑しながら先生に言う。
先生は少し考えたような顔をして、ハサミを持つ手をわたしから遠ざけた。
気を遣ってもらってありがとうございます、先生。
老眼なのは否定しませんが、見えないというのは、近い位置にハサミがあるから焦点が合わないという意味ではなかったんですよ、ええ。