ラブストーリーは突然に、始まらない

焦る白猫

あれは雨上がりの午後のこと

サ、サンダルが……

あれはいつのことだったろう。
そう、あれはたしか、休日の雨上がりの午後のことだった。
雨が上がったので、わたしは週末恒例の買い出しに行くことにした。
食材や日用品などを週末のうちにまとめ買いしておくのだ。

いつものように自転車を使って、近くのスーパーまで買い物に行く。
なにしろまとめ買いなので、大きい袋2つ分は買いこみ、自転車のかごはいっぱいになった。

さて後は自宅へ帰るだけだ。わたしは颯爽と自転車にまたがる。
が、ここで不幸な出来事が起こった。

そのときわたしは裸足にサンダルを履いていた。普段使いをしている、足の甲とかかとの2箇所にベルトのストラップがついているサンダルだ。

かなり使いこんだサンダルだったが、片方のサンダルの、甲のベルトが切れてしまったのだ。
かかとのストラップだけではサンダルは安定しない。(あたりまえだ)

困ったなと思いながら、そこは近所のスーパーへの買い物なので、自宅はすぐ近くであり、しかたなくなんとかそのまま帰ることにした。
スーパーで買い物中に切れなかったのが不幸中の幸いだろうか。

荷物は重いわ、足元は安定しないわで、ゆっくりと自転車を漕いで帰宅する。歩行者なみのスピードだったと思う。周りの迷惑になっていたんじゃないかと思うと申し訳ない。

集合住宅の駐輪場に無事に着いた。はいいのだが、両手に買い物袋を提げて歩くのがこれまた不安定だ。というか、歩けない。
しかたがないので、ベルトが切れたサンダルは脱いで手に持つことにした。

サンダルは壊れるわ荷物は重いわ

両手の荷物と壊れたサンダル

片方の手に大きな買い物袋、もう片方の手に大きな買い物袋とベルトが切れたサンダルをぶらさげて駐輪場から集合住宅の入り口へ向かう。
これがドラマなら違うのだろうが、現実では(しかも両手に買い物袋だ)なんともサマにならない格好だ。

ぺたばたぺたばたと間抜けな足音で歩く。早く中に入ってしまいたい。
集合住宅の入り口の横には自動販売機があるが、ひとりの男性が飲み物を買おうとしていた。

間抜けな格好をしているわたしに一瞬視線が向いたように見えたが気のせいだろう。
建物の入り口をくぐろうとしたところで、更なる悲劇がわたしを襲った。

雨上がりのことで、入り口付近の床が濡れていた。
裸足の足が濡れた床でずるりとすべり、しゃがむように尻もちをついた。

重い買い物袋を持っているので、ただの尻もちでも衝撃が強い。
痛ったあぁ、と悲鳴とも呻きともつかない声が漏れた。
まずい、いまの衝撃で卵が割れたんじゃなかろうか。

焦るわたしに、そのとき頭の上から声がかかった。
「あの、大丈夫ですか?」
自動販売機で飲み物を買おうとしていた男性だった。

理知的なのび太くんのような風貌をしている。彼は心配そうにコケたわたしを見下ろしている。
ばっちり見られてしまった。恥ずかしい。
「はい、すみません、大丈夫です」
脈絡なく謝るのは小心者のお約束だ。

「よかったら、袋を持ちましょうか?」
男性は言う。な、なんですと?
袋を持ちましょうと言いましたか。わたしを手助けしてくれようと?

ラブストーリーは突然に?

エレベーターに乗って、わたしの部屋がある階まで袋を持ってきましょうと?
その後は、まあご親切にありがとうございます、おかげで助かりました。よかったら上がってお茶でもいかがですか、えへ、ちょっと散らかってますけど。
とかいう、あれですか。ラブストーリーは突然に的なものが始まるんでしょうか。

その昔、書店で東野圭吾の本を同時に手に取ったのがはじまりだった、という同僚の友人の恋バナを嘘くさいと思いながら聞いていたものだが、よもや買い物袋と壊れたサンダルがきっかけに?
そんなことがわたしの身の上に起こったというのか。

いや待て。うっかり人さまを招き入れるには少々部屋の散らかりの度合いが過ぎてはいないか。(片付けるのはわりと好きです。本当です)
それに買い物から帰ったらおかずの作り置きもしておきたいし、それが終わったら本を読みたい。なにしろ図書館から借りた本が溜まっている。それでも時間に余裕があるなら昼寝をしたい。睡眠大事。

それ以外のことに割く時間はわたしにはない。しかし、親切にしてもらったのにお礼もせずに帰ってもらうなんて、そんな信義に悖ることもできない。
だがしかし、余分な時間はない。ないったらないのだよ。

「ご親切にありがとうございます。大丈夫です。どうもー」
わたしはさっさと立ち上がり、親切な男性にお礼を言って、そそくさと自動ドアの入り口をくぐった。
ああ、ラブストーリーは突然に、始まらない。

ちなみに卵は3個割れていました。

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