頭をぶつける
タイトルどおりだ。わたしはときどき、というにはもっと頻繁に頭をなにかにぶつけている。
闘病記にも書いたが、(よかったら闘病記を読んでください。宣伝でした)
わたしは数年前に脳腫瘍の手術を受けている。人生初の手術にしてはけっこうな大手術だった。
それからというもの、脳、というか頭の取り扱いには気をつけていたつもりだ。ちょっと日本語がおかしいか?
まあ頭を大事にしよう、とかそういったことだと思っていただけたらいいと思う。
とかいいつつ、手術の数日後には風呂場ですべって転んで脳みそを揺さぶっていた。
あのときはびびった。なにごともなくてよかったよ。
基本的に粗忽なもので、よく体をなにかにぶつけている。壁とかタンスとか。
会社員だった頃はしょっちゅう社内のキャビネットに体をぶつけていた。あれは痛かった。
痛い
今日も風呂場で頭をぶつける
この粗忽ぶりはいかんなく頭にも発揮されている。
前述のとおり頭には気をつけているつもりなのだが、なぜこんなにどこかに頭をぶつけているのだろうか。
たとえば風呂場だ。わたしが住んでいる部屋の風呂場は洗面台が設置されているタイプだ。
体を洗っているときに、どうしたはずみか、わたしはこの洗面台に頭をぶつける。
かがんで足を洗い、洗い終わって、さて、と頭を起こしたときにぶつけるのだ。
けっこう痛い。
一度やるとしばらくは気をつけるのだが、忘れた頃にまたやってしまう。
なんでこんなに洗面台に何度も頭をぶつけるのだろう、と悲しくなる。
そして壁にぶつける
そしてたとえばベッドだ。
部屋の一角にマットレスベッドを置いているのだが、頭のところに壁がある。
部屋の作りの関係で、この壁が一部分出っ張っている。(おそらく柱があると思われる)
そう、あれは昨夜のことだ。
そんなに勢いよくベッドに入ったわけではけしてない。
さあ寝よう、と体をベッドに倒しただけだ。
なのにわたしは勢いよく壁に頭をぶつけていた。
目から火花こそ散らなかったが、ごちん、と派手な音がした。
痛かった。とても痛かった。
脳出血でもしたらどうしよう、とちょっと真剣に思った。
やっちまった
とりあえず気をつけよう
夜中は考えが極端になるものだ。夜中に手紙を書いてはいけないというではないか。
わたしはそろりとぶつけた部分に手を当てた。たんこぶができるかと思ったからだ。
たんこぶができたらかえって安心だというではないか。
しかしこぶができている気配はない。できないほうが心配なのだと聞いたことがあるが、大丈夫だろうか。
ぶつけたのはちょうど手術のときに切開をしたあたりだ。どうしてよりによってこのあたりをぶつけてしまうのか。
打ち所が悪かったらどうしよう。朝ベッドの中で冷たくなっているとか嫌だよう。
夜中の考えは悲観的になりがちだ。
とりあえずじっとしよう。少しの脳出血ならじっと横になっていたらいいらしいし。
不安はあったがそのままいつの間にか寝てしまった。
そしてわたしは無事に朝を迎えた。
よかった。本当によかった。今度から気をつけよう。
なるべくこのことを忘れませんように。