
自分には直接利害関係がなく、影響を受けないこと。当事者は大変でも自分には痛くもかゆくもないことのたとえ ── 新明解故事ことわざ辞典
ある夏の夜にそれは起こった
わたしが住んでいる集合住宅は部屋の大半が単身用で、わたしの部屋は1Kだ。
だからなのだろうが、住んでいる人は若い人が多い。ようだ。
隣の部屋に住んでいるのは20代前半とおぼしきお嬢さんだ。
なかなか豪快な掃除機のかけかたをするお嬢さんだが、まああるていどの生活音はお互いさまだ。
そのお嬢さんとは隣人として普通に付き合っていた。いや、集合住宅の普通として、特に付き合いはなかった。
ある日の夜、隣の部屋から声が聞こえてきた。
1Kでそう名乗るのもアレだが、一応部類としてはマンションに入るのでそこまで隣室の物音が響きやすくはないのだが、その声はわたしの部屋までよく響いた。
そしてその声はとても悲鳴に聞こえた。
え、これ通報するところ?

悲鳴が聞こえた!
今たしかに、きゃーって聞こえたよね?
隣室のお嬢さんは、彼氏が頻繁に遊びにくるなあと思ってはいたけど(彼氏とおぼしき人の立てる音がでかいのだよ)今日ばかりは違ったの?
自然、壁の向こうへ聞き耳を立ててしまう。隣室の声はさらに続いた。
「いや、やめて! 助けて!」
え、え? 事件? それともDV?
ちょっと、これ、通報するところ?
わたしは慌てて携帯を探す。こんなときに限って携帯をどこに置いたか思い出せない。
ようやく携帯を手にしたところで、隣室からドタバタと足音が響き(どう聞いても2人分だ)、その足音はベランダまで続いたよう。
ちょっと暑い季節で、わたしは自分の部屋のベランダの窓を開けていた。
ベランダに移ったらしい隣人の声は、さきほどよりももっとよく聞こえた。
女性の高い声がさらに響く。
状況は一転

やっぱり通報!?
通報? やっぱり通報!?
「やめてったら! やだあ、もお」
女性の声は一気に華やいだものになった。華やいだとは、我ながら表現を選んだものだ。
わたしの身体から急速に力が抜ける。手に持った携帯は使うことなくテーブルの上に置いた。
っていうか、プレイかよ!
人騒がせだな、まったく。
プレイをするなとは言わないが、紛らわしくないものにしてくれないかな。そして隣室にまで響かせるな。
いやこれは決してひとり身の僻みではなくてだな。
ちょっと暑いんだけどな、と思いながらベランダの窓を閉め、わたしは思った。
対岸の火事、というか、対岸で火事、というか、対岸で(ひとりで)大騒ぎ。