
それは朝のエレベーターだった
ある夜のこと、連想ゲームのように思い出した出来事があった。
あまり嬉しい出来事ではない。なぜなら、むっとすることだったからだ。
それはある朝のことだ。
わたしは通勤のために駅へ向かうべく、集合住宅の自分の部屋を出た。
集合住宅から駅までの所要時間を考えて、まあ間に合うだろう、走る必要はあるまい、と算段をつける。
エレベーターに乗り、扉が閉まろうとしたときに、ひとりの男性がエレベーターホールに姿を見せた。
若い男性だった。会社員か大学生かというところ。
わたしはエレベーターの『開』のボタンを押した。
閉まりかけた扉が再び開く。男性はエレベーターに乗ってきた。
男性が乗った後もなぜかエレベーターの扉が閉まらない。
不思議に思って、気がついた。男性が『開』のボタンを押しているのだ。扉は開きっぱなしだ。
なぜそのボタンを押す? もしかして『閉』のボタンと間違えて押しているのか?
それにしてもこんなにいつまでも閉まらないなら、間違って押しているのに気がつきそうなものだ。
おいおい、なんでボタンを押しっぱなしなの。エレベーターが動かないじゃないか。
こうしている間にも電車の時間が近づいているんですけど。
扉を閉めてもらえませんか、と言おうとしたとき、エレベーターホールにもうひとりの男性が姿を見せた。
どうやら連れらしい。
サンキュー、とか言いながら、もうひとりの男性が止めたままのエレベーターに乗りこんできた。
ああ、そういうこと。連れの男性を乗せるためにエレベーターを止めていたわけね。
おかげでこっちは駅まで走らないといけないけどね。
エレベーターの奥でむっとしていたわたしに気づいたのか、遅れてやってきた男性が「すみません」と頭を下げた。
わたしは、いえ、と会釈する。
連れの男性は挨拶するのに、エレベーターを止めていた当事者は一言もなしだ。

当事者は一言もなしかーい
わたしは駅まで走りながら、この感情には覚えがある、と思った。
それは朝の通勤路だった
またある日の朝、会社への通勤路を歩いていた。最寄り駅から会社までは商店街を通り抜ける。
商店街は理由がなければ車が入ることはできないのだろう、あまり車の姿を見ることがなく、気を抜いていたのもある。
わたしは脇にある店のなにかに気を取られて、よそ見をして歩いていた。
そして、正面から自転車が来ていることにも、自転車の男の子もわたしと同じ物に気を取られてよそ見をしていたことにも気づかなかった。
気づいたのは、わたしと自転車がぶつかって、わたしが転んでからだ。
自転車がゆっくり走っていたのは幸いだった。
わたしは派手に尻もちをついた程度の転びかたで済んだのだから。
しかし自転車のタイヤとぶつかった膝と、転んだときについた手が痛い。
いたた、と思っていたのだが、ぶつかった中学生だか高校生だかくらいの男の子も驚いたのか、自転車を止めたはいいが、乗ったままでわたしを見下ろしているだけだ。
おいおい、ごめんなさいもなしかい、とわたしはむっとした。
すると、少し後から別の自転車がやってきた。男の子の連れらしい。同年代に見えた。
連れらしい男の子は、転んでいるわたしに「すみません」と謝った。
「すみません、大丈夫ですか」
謝る連れの男の子に、いえ、とわたしは返した。こちらもよそ見をしていたのだ。一方的に相手を責めるわけにもいかないだろう。ここは大人としての対応をしないとね。
それにしても連れが謝っているのに、当事者は一言もないのはどうしたものか。
自転車の2人とはそのまま別れたのだが、会社に着いて着替えるときに、膝をすりむいて血が出ているのに気がついた。ストッキングは見事に伝線している。
くぅ、せめてストッキング代を請求するべきだったか、と大人の対応はどうしたということを考えた。
この感情には覚えがある、と思った。
それは夜のレストランだった
あれはいつだっただろう。
まだ今のように世の中が喫煙に対して厳しくなかった頃だ。
わたしは友人と夕食を一緒にするために、一軒のけっこうおしゃれな店に来ていた。
わたしと友人はカウンターに座っていた。なぜカウンターに座っていたのかは覚えていない。おそらくテーブル席が空いていなかったのだろう。
わたしの隣には一組のカップルが座っていた。わたしの隣に男性、そのさらに隣に連れの女性だ。
男性は喫煙者だった。食事をしながら煙草を吸っている。
当時はそれが許されていた。
わたしは、食事中なのに煙いな、と思いながら我慢していた。
友人と話をしていたので、隣の男性にはなかば背を向けていた格好だ。隣の男性も自分の連れと話をしているので、わたしには背を向けている格好だったはずだ。
それにしても煙い。ちょっと煙すぎじゃないか、とわたしは思った。
ふと隣の男性を見てみた。
そりゃ煙いはずだよね、と納得した。
隣の男性は煙草を吸っている。連れの女性と話をしているから、顔は女性のほうに向いている。だが煙を吐き出すときだけ、顔を女性とは反対側、つまりわたしに向けて吐いていたのだ。
煙いはずだ、顔の横で煙を吐かれている。
連れの女性に煙を吐きかけたくない、その気持ちはわかる。
わたしが連れの女性の立場ならその気持ちを嬉しく思うかもしれない。
だがしかしその気遣いの結果、見知らぬ他人に煙を吐きかけている。
連れの女性と目が合ったように思った。ちょっと会釈をされたような気もした。
だが男性は吸い終わるまで、ずっとわたしに煙を吐き続けた。

当事者は無視かーい
この感情には覚えがある。
そして、これは夜の庭で
なぜ今更わたしがこんなことをつらつらと考えているかというと。
ある夜の自宅の庭で。わたしは興奮する愛猫をなだめている。
愛猫はよく庭を闊歩しているが、庭にはよく野良猫が入りこんでくる。
そしてけんかっ早い愛猫は、自分の年も考えずに野良っ子にケンカを売る。
その夜も、愛猫の威嚇の唸りを聞きつけて、慌てて2階の自室から駆け下りた。
睨み合う2匹の間に流血覚悟で決死の突入を試みる。
落ち着け落ち着け、と、引っかかれながら愛猫をなだめ、わたしは野良っ子を追い払う。
きつい言葉で、あっち行け、と手を振る。
野良っ子はまったく見覚えのない痩せた猫だ。
でもわたしは愛猫を守るために野良っ子を追い払う。
ああ、この感情には覚えがある。