
この交渉はありか?
たいがいいい年になったわけだが、元来ヘタれなわたしも良くも悪くも図々しくなってきた、ような気がする。
こんなこと昔は恥ずかしくて店員さんにいえなかったよ、ということも気がつくとするっと口にしていることがある。
少し前にネットで読んだ記事で、投稿者はおそらくわたしと同年代の女性のようだったのだが。
子供と一緒にレストラン(あるいはカフェ)に食事に行ったのだという。
投稿者の女性はアサイーボールを注文したかったのだが、提供できないと店員から詫びられたという。
提供できない理由は「トッピングのバナナを切らしているから」
女性は「バナナなしで構わないから注文できないか」といったところ、店員が困った顔をしたという。
同席していた子供に、「恥ずかしいからやめて、店員さん困っているじゃないか」とたしなめられたそう。
おそらくその後はアサイーボールを注文することはなかったのだろう。
女性は、意識せずに図々しいことをいってしまった。これも年のせいか、と後悔するやら反省するやらといった感じ。
これを読んだわたしは、え、それはダメなのか、というか、恥ずかしいことなのか、と思ってしまった。
あいにく店でアサイーボールを注文したことはないが、たしかにバナナはトッピングに必要なのだろうが、でも、トッピングだよね? メインじゃないよね?
バナナを抜くぶん、安くしてくれといったわけでもないよね?
わたしとしては「(トッピングの)バナナなしでもいいから提供してほしい」というのは交渉としてありだと思ったのだが、これは恥ずかしいことなのだろうか?

え、ダメ?
客側の都合か店側の都合か
それともチェーン店かなにかで商品の提供内容が厳しく決められていて、それからはずれることはNGなのだろうか。
「ハンバーガーひとつ、ピクルス抜きで」となにが違うのだろう。
ピクルス抜きを頼むのはお客の都合だが、バナナがないのはお店の都合だからだめという理屈だろうか。
なら、「ちょうど良かった、バナナがあまり好きではないから抜いてもらおうと思っていた」といっていたら注文は通ったのだろうか。
楽しみにしていたパフェを食べに行ったらトッピングのポッキーがないから提供できないといわれてしまったとしよう。
ポッキーいらないからパフェを出して欲しいという自分が想像できる。
ちょっと話がずれたか。店への交渉のあるなしが問題なのではないだろう。
店へ交渉することを「恥ずかしい」と思うかどうかだ。
人並みに人目は気にするほうだと思う。多分普通に羞恥心も持っているほうだ。
基本的なマナーも礼儀も心得ている、はずだ。
だがしかしだ。ああ、いってしまいそうだ。
店側に金銭的および労力的な負担がかからないならいいだろうと判断しそうだ。
もうちょっと本音も書こう。いうだけならタダだからいいよね、とも思う。
きっとわたしもいう。
「バナナはいらないので、提供してもらえませんか」と。
このあいだ市役所で

受け取りが面倒だった
話は横滑りするが、先日用事があって市役所に行ってとある手続きをした。
市役所が後日書類を郵送するとのことだったが、その書類は簡易書留で送られるという。
簡易書留か、受け取りが必要だな、とわたしは思った。
当然郵便が届いたときに自宅にいないと受け取ることができないわけで、面倒だな、と思った。ので、いってしまった。
「家にいないことも多いので(本当はひっきーなのでいる。受け取るのが面倒なだけ)簡易書留ではなくて特定記録郵便で送付してもらうことはできますか」と。
特定記録郵便なら受け取りは必要ないし、簡易書留より金額も安い。
市役所側に負担はないだろうと思ったが、担当した人はちょっと困った顔になった。
「不在のときは不在票が投函されますので」
遠回しに断られた形だ。ああこれは市役所で送付方法が決まっているのだな。そしてそれは担当者が窓口で勝手に変えることはできないのだな。
わたしは無理をいったことを詫び、簡易書留で送ってもらうことを頼んだ。
困らせてしまって申し訳ない、と思った。たしかに思った。嘘ではない。信じてほしい。
だがしかし、とりあえずいってしまえ、と思ったのはたしかだ。
聞き届けてもらえばめっけもの、と思ったのも事実だ。
20年前なら口にしなかっただろうか。しなかったかもしれない。
決まりごとなんだろうから、となにもいわずに受け入れただろう。
してみると、これはやはり年齢が上がったことにより図々しくなったということなのか。
「恥ずかしい」と感じる気持ちが薄れてきたということなのか。
改善したほうがいいのか、生きるのが楽になるからいいよね、と開き直っていいことなのか。うーむ、わからない。
同世代の女性の考えを聞いてみたくなった。
