
暑い。まだまだ暑い。

9月? 暑いよ
9月になった。が、暑い。まだまだ暑い。そうか、9月はまだ夏なのか。
九州だから暑いのか。いやニュースを見るかぎり日本全国どこでも暑そうだ。
夏と聞いて思い浮かぶイメージは「暑い」だ。
そりゃそうだろという感じだが、いやまったくこれ以外のイメージがない。
昔はこんなことはなかったはずなんだが。
もっとこう、なんというか、甘酸っぱいイメージがあったはずなんだが。
女子力というものをまったく備えていないわたしだが、「夏」という言葉にちょっとどきどきするものを感じていた頃がたしかにあった。
そう、そんな頃がわたしにもありました。
「セブンティーン」という雑誌を「お姉さんが読む雑誌」と思い、ちょっとませた(死語?)クラスメイトが持ってきたその雑誌をみんなでわくわくしながら覗き、そこに書かれている記事を、うひゃー、などと言いながらもしっかり読み込んでいた、たしかそんな風だったはずだ。
遠くにいるクラスメイトよ
「ひと夏の恋」とかそんな言葉があこがれの言葉としてあった気がするようなしないような。
しかしいま現在、この年で書いてみるとめちゃくちゃ恥ずかしいな、この言葉。
「ひと夏の恋」! 恥ずかしいな、恥ずかしすぎる! 単語だけで黒歴史レベルだ。
「ちょっとませたクラスメイト」の体験談をみんなで囲んで聞いていたなあ。
ブレザーの制服を着ていた当時、「アパートで一人暮らしをしている彼のところへ遊びに行った」なんていう話は、わたしには海外旅行よりも遠い話だった。
クラスメイトがずいぶん大人に見えたものだ。
当然ながらというか、残念ながらというか、わたしはその手の甘酸っぱい話にはとんと縁がなかった。
書くまでもないが、「ひと夏の恋」にもまったく縁がなかった。
ここは声を大にして言っておこう。いや誰に証明するわけでもないのだけれど。
通っていた高校は少しばかりヤンキー率が高かったので、甘酸っぱい話もそれ以上の話もそれなりに耳には入ってきたが、わたしにはまったくの他人事だった。
(ヤンキーが不良と呼ばれていて、パーマをかけていたり、眉がやたらと細かったり変型制服のスカートがぞろりと長かったり、ぺちゃんこに潰したカバンを抱えていたりと、まあそんな感じだ)

不良少女と呼ばれて? てきな?
大人になったらどうだろう
さて時が経って社会人になり、わたしも大人になり、過ごす夏に色味がついてきたかといえば、相変わらずまったくそんなことはなく。
いつからだろう、いや思えばずっと昔からそうだったような気がするが、夏とはただ単に暑い季節というだけのものになった。
最後に海に行ったのは何年前だろう。
最後に水着を買ったのは、そして水着を着たのは何年前だろう。
裸足で砂浜を走ったこともあったような気もしなくもないが、あれはいったいいつだったか。
タンクを担いで水の中に潜ったことも何度もあるが、あいにく水中恐怖症の気があるので、水中のどきどきははらはらと常に隣り合わせだった。
そういえば実家のタンスにやけに色鮮やかな服が入っていて、いったいこれはなんだろうと思って引っ張り出したらこれがあなた昔買った水着だったりして驚きつつも封印するかのごとく再びタンスの奥深くにしまいこんでしまったのだった。
あのサイズでは着ようと思ってももはや着ることはできまい。着ないけどさ。
そして今年も夏がやってきたわけだが。
海も水着もはるかに遠い。
あの日と同じなのはぎらつく日差しと流れる汗くらいか。
汗も砂浜なら流しがいもあるだろうが。
今はただ不快なだけだ。汗ふきシートは室内でも手放せない。
エアコンを効かせた室内にいるのに、ふいにかっと体温が上がって汗がにじむのはエアコンの効きが悪いのかはたまた更○障害なのか。
夏なんてただ暑いだけ。
大事なことなので繰り返そう。夏なんて暑いだけ。

暑いわ!

